霊能者、スピリチュアル、除霊、浄霊、お祓い、魔祓い、占いの鈴なり



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[不思議体験談]



きっと誰もが一つや二つの不思議な体験をされた事があると思います。怖い話や不思議な話、あれは夢だったのか、幻だったのか、 錯覚だったのか。科学では証明できないお話をどうぞ・・・・・・ 

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2013/10/14更新 24.恐怖の宿泊<<



24.恐怖の宿泊


関東にお住まいの”霊に好かれるさん男前さん”から恐怖の体験談を頂戴しましたので記載させて頂きます。
特定の場所や人物名などは伏せさせて頂きます。



夏も終わりかけ、季節は秋に向かっていますが、この三泊四日の〇市の滞在は楽しかったのですが…

残暑にピッタリというか…ちょっとしたハプニングが在りました。

それは滞在した場所、部屋に問題が…。

私が滞在したのはホテルでもなく、また、旅館や民宿でもありません。

数年間使われていない古い2階建ての民家でした。そこに私と、Aさん、Bさんの3人で3日間1階の1室に寝泊まりすることになりました。

間取りは1階が玄関、右手にトイレに行く通路、その隣にお風呂場、その真ん前に2階へ行く階段がありました。 その他には広い台所、6畳ちょっとの1室です。

2階には私は上がることはありませんでしたが、子供部屋と他2室、合計3部屋あったみたいです。

さらに1階の部屋のベランダを出たらその先にはまた2階建ての離れがありました。

離れは何室あったのか解りませんが、本邸に1階、2階合わせて合計4部屋あったのに、何故3人が6畳ちょっとの1室に寝なければならなかったかと言うと…

はい…。

そうなのです…。

出るのです。

というか、この家は、〇〇が出る以前に、よく心霊特番で怨霊が住み着いた家、怪奇現象が絶えない、住んでいる人が次々おかしくなる家なのです。

完全に霊の溜まり場と化してしまっている家でした。

はい…。

私も住んでいた家、滞在したホテル等で霊体験は数々体験致しましたが、ここまで凄まじいレベルの霊場は初めてでした。

私が宿泊する以前から先に滞在していたAさんから、夜中に誰もいない部屋から絶叫が聞こえ…その後Bさんがうなされると聞いていたのですが、聞くと体験するでは大違いでした。

(Aさんはとても霊感が強く肉眼で殆んどの霊を視ることが出来る方とのことです)



私はその民家に入るなり、まず玄関開けてすぐ右手にある2階へ上がる階段を霊査してみました。

霊査結果として2階の暗闇の中からただならぬ霊気…

暗闇の中に渦巻きが出来ている感じで闇に吸い込もうとする意識を受けました…

空気感からして、2階はどうやらもう既に別空間となっていて人が住める場所ではなくなっていました。

霊道が開いているというより、魔道…。 悪しき主が棲みついていて、その影響から数々の霊が呼び寄せられてしまっている感じでした。

私の左手の数珠が熱くなり警告を知らせていました。

この瞬間、2階には上がれない!!と感じました。

私達は、1階にある1室で夕食をとり、テレビも何もないので、楽しい雑談をしながら少しお酒を飲みながら時を過ごしました。 その時から誰もいるはずがないのに、

「ダン、ダン、ダン」
「ダダダダダッ」

と階段を下りたり、上ったりする音が…幾度も聞こえました。

その場にいる3人全員がその音を聞いていて、

「やっぱり・・・いる…」

Aさんが言うには子供が階段を下りてきて、2階にある子供部屋にいる母親に 「知らない人達が1階にいるよ」と言いに行ってると言っていました。

その時気付いたのですが、1階のこの部屋の壁、なんか変なのです…。

押し入れ、ふすまの戸棚の上の部分の高さに、板で作られた物置が設置されていました。(作り、釘の打ち方から後からの自作) 壁のクロスも汚れの違いから、部分、部分で張り替えられてる模様…

その自作の物置の横、上、下の壁には何かを貼っていて剥がした後がいくつもあるのです…。

あっ、と思い、「これは御札を貼っていた後だ」と。

しかも1枚、2枚でなく20〜30枚も。

しかも御札で効果が出ないからか板で作られた物置に神棚を祀ったんだと。

壁の汚れ具合からあきらかに、後から神棚を祀ったんだとわかります。

毎日、毎日、霊現象に悩まされ、ここで祈っていたのだと…。

凄いところに来てしまった!、凄いところに3日も泊まる事になってしまった!と私は思いました。



しばらく飲みながら雑談をしていましたが、飲んでるとやはりトイレが近くなるものですよね…。

私は用を足しにトイレに行くことに…

2階へ上がる階段の真ん前にお風呂場、その横にトイレへ行く通路があるのですが2メートル程通路を直進して左に曲がったところにトイレのドアがあります。

私はなるべく2階に上がる階段を気にしないようにトイレに向かうようにしました。

しかし、階段よりもトイレへ向かう通路の電気がつかない…。

電球が切れている…

仕方なく電気なしで2メートル程の通路を進もうとしたのですが、、、

薄暗い通路のちょうど曲がる所にどなたかが立たれていらっしゃいました…

はっきりとは見えないのですが、黒い靄がかかっていて髪の長い細身の女性の方…。

私はどうしようかと考えましたが?

刺激して他の霊を集めても対応仕切れないので、それほど悪意、害を感じなかったので、無視してトイレに進むことにしました。

直進し、左に曲がって、トイレのドアを開けようとしたら…

ドアの先に洗面所があり、鏡が…

うわぁ、嫌だなと思いつつ、なるべく鏡を見ないようにトイレのドアを開けようとしましたが、やはり気になって鏡をチラ見してしまいました。

薄暗闇の中ですが、自分以外は鏡に写っていなかったです。

私は良かったと内心、ホッとしてトイレに入りました。

そしてトイレで用を済まそうとした時、 「フフフフフゥ」と女の人の笑い声が…

私はトイレぐらい普通に済まさせてくれよと思いながら用を済ませ、部屋に戻りました。

そして、トイレであったことをAさんに話したところ「太った女じゃなかった?」

私「いえ、痩せて髪の長い女の方が入口横にいました。」
「あの方、いつもあそこに立たれているのですかね?」
「たぶん、笑い声の女性はドアの横に立たれていた方だと思うのですが…」

Aさん「たかこ、28才」らしい…

私「そうなんですか…。」

Aさん「別に悪意、悪気はないらしい。」

私「やっぱりそうですか。」

しかし、これは序ノ口の体験で、この後私はとても恐ろしい体験をすることになります…。



トイレから戻って、暫くまた雑談していたのですが、慣れないところ、移動疲れなどもあり、夜10時過ぎ頃早々と眠気が来てしまいまして、うとうとと… 頑張って何とか起きていましたが、深夜0時頃にみんな寝る事にしました。

私の寝る場所は部屋の入口側になり、何とか、ちょっと嫌だな〜と思う寝場所は避けられました…。 疲れもあってか、普段とは違い、わりとすぐに眠りにつけました。

どれぐらい経ったでしょうか?

なにかただならぬ気配を感じ、目が醒めてしまいました。

起きた瞬間、何?この空気感…普通ではありません。

すぐに、耳元に置いていた携帯電話を開き、時間を確認した所に1時30分。

寝付いてから、まだ約1時間半しか経っていないなと思い、寝返りをうったところ…

「ん!?」

暗闇の部屋の中、椅子に誰かが腰掛けていました…。

私は、一瞬うわぁ〜と思ったのですが、確認した所、それはBさんでした。(因みにAさんは熟睡中も確認済み)

Bさんこんな薄暗闇の中で椅子に座って何してるんだろう?と私は思いました?

目を凝らして見てみると、グラスに飲み物が半分よりちょっと少ない位の量が入っていたので、 飲み足らなくて、Aさんと私が寝てるので、気を遣って電気を付けずに飲んでいるのかな?と最初は思いましたが、 しかし、何となく気配がBさんではないなと私は感じました…

私はちょっとの間、薄暗闇の中、息を潜めて、Bさんを見ていると、Bさんが奇妙な動きを数回し始めました…。

あ、完全に違う。入られてる…。

私は確信しました。

どうしようか?

何もなければいいけど…

Aさんを起こすべきかな?とも思ったのですが、とりあえず様子を見ることにしました。

じっと薄暗闇の中、大丈夫だろうかとBさんを見ていました…

ただ、時間がもう少しで丑三つ時に…

嫌だなぁ、何事も起きないでくれと願っていました。

しかし…

どのくらいの時間が経ったでしょうか?

私は携帯電話の時計を見ました。

2時2分でした。

ついに、2時台か…。

この後の3時迄の1時間長そうだ…。

そう思って、目線をBさんに戻しました。

すると…

「え!」

椅子に腰掛けていたBさんの頭が持ち上がっているように見えました。

「えっ、何?」

と私は思った次の瞬間、首が伸びてるように見え、

私、「これはかなりまずいなと…」思いました。

勿論、現実的に、首が伸びるわけがありませんから錯覚かと思うのですが、

Bさんがフラリと立ち上がったと思ったら、今度は両手を地に着け、四つん這いの体勢でゆっくりとした動きで私に近付いて来ました。

私は、前々から頭の中で考えていたのですが、やばい状況で金縛りに遇うのだけは避けたいとの思いと、近付いて来るBさんの動きが、スローながら、映画でも上映された「リング」の貞子とダブったため、あまりの恐怖でバッと立ち上がりました。

部屋の隅に移動し、近付いて来るBさんに向かって、大声で「Bさん!」と叫びました。

しかし、Bさんは全く反応をしてくれず、四つん這いの体勢のまま、ゆっくりと近付いて来ます。

そして私の足元まで来ると、くるりと旋回し、私の寝ていた場所を四つん這いの体勢のまま、2回くらい周り始めました。

そしてその場所に寝始めました。

………。

数分間もう大丈夫かなと私はBさんを見ていたのですが大丈夫そうなので、私も場所を移し寝ようかと…

しかし、私の最初の寝場所はBさんが寝ている…

ということは、私の寝場所はBさんが寝ていた、私があの場所で寝るのは何となく嫌だなと思っていたスペース…。

しかし仕方がない。

寝るスペースはもうそこしかない。

私は観念し、バックに予め用意しておいた、特別な浄め塩を寝床に撒き、寝ることにと思ったのですが、そうだBさんにも撒いてあげようと、Bさんを囲むように浄め塩を撒きました。

そして寝床で横になってから数分後…

今度は「ギシィ、ギシィ、ギシィ」2階の部屋を誰かが歩き始めました…。

それと同時くらいに「ダン、ダン、ダン、ダン」とゆっくり階段を下りて来る音が…

うわぁー、誰か下りて来た。

この部屋に来ないでくれよと私は内心思いながら、息を潜めていました。

そう思っているうちに、丁度真上の部屋の歩く音がなりやみ、今度は私の真上の天井の方から、女の人の泣き声がしてきました。

泣き声から感じとれるのはなんかとても悲しそうな感情が伝わってきました。

すごく切ない感じです…。

その泣き声が聞こえてきてから1、2分後にBさんがうなされ始めました。

前々から、BさんがうなされるとAさんから聞いていたので、その事態にはそれほどびっくりしなかったのですが、何ともうなされ方がパターンが次々に変わっていくのです。

私は何故か、妙にその時、冷静になれていて、女の人の泣き声には、心の中で「何も出来ないしなぁ〜」と思い、うなされているBさんには何パターン変化するのだろう?と回数を数えていました。

結局、女の人の泣き声は3時頃まで続き、やがて聞こえなくなりました。

それとほぼ同時にBさんのうなされもピタッと止まりました。

結局Bさんは8パターンうなされ方が変化致しました。

私の勝手な解釈では8体は入られているのだろうか?と思いました。

その後、私も少しの間、眠りにつくことが出来ました。朝になり、夜中に起きた事をAさんBさんに話しました。

Bさんは全く憶えてなく、なんでこっちに寝てるんだろう?と言っていました。

Aさんは、「あ〜やっぱりその動きだと動物霊だな。」

「前にも台所で寝てたり、旋回し回るのは縄張りを意識からだよ。」

「猫か何かだな。」と。

その後、2日間はそれほど大きくびっくりする事は起きませんでした。

まあ何とも大変な3泊でしたが久々の霊体験、まあちょっと何時ものよりはヘビー過ぎましたが良い?経験を致しました。

とても糧になったなと。

ただ、なるべくなら危険な霊場には行きたくないものです。 肉体的にも精神的にも、とても疲労が激しいので。




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23.天井からのメッセージ


私と主人は結婚して30年が経ちます。今から30年位前の話になりますが、今でも忘れる事が出来ない怖い話です。 私と主人は私が20歳、主人が25歳の時、今から30年前に知り合いました。

私がアルバイトで勤めていた喫茶店のバーテンをしていたのが主人で、結婚後二人で喫茶店を始めました。 主人は独立して自分の店を持つのが夢だったので、お店を譲ってもらえる話が来た時は2人とも大喜びでした。

店舗付き住居になっていて年のいった夫婦2人でお店をしていたのですが、体を悪くされ後を継いでくれる 子供もなく、人づてで主人に声を掛けてくれました。お店を譲ってもらう話はスムーズに終わり、夢に思っていた お店を手にする事が出来ました。お店と住居部分の改装のため1ヶ月掛かるため、お店の近くに 仮住まいを借りることにしました。仮住まいですから安い物件を不動産屋さんにお願いし捜してもらいました。

捜してもらった物件は二年ほど空き家になっていた文化の一室で、2DKトイレ・お風呂付家賃相談可能な物件でした。 早々主人と見に行きました。二年ほど誰も住んでいなかったせいか、部屋の空気はどんよりとしていて重たく感じました。 でも、家賃を安くしてくれる事で、あまり気乗りはしなかったのですが1ヶ月だけだし、まあいいかと思い借りることに決めました。

例年に無くその年の夏は蒸し暑く、古い備え付けのクーラーだけでは暑くて寝苦しかったので扇風機を2台買い、クーラーと扇風機 をフル稼動で使う日々が続きました。

8月も中頃になり盆の15日の事です。主人も私も盆休みを取れず、15日は2人とも午前中で仕事を上がり2人で部屋でゴロゴロして いました。2人とも疲れていたのかいつの間にか寝てしまい気が付くと夕方7時を過ぎていました。

夕食を作りに台所に行き灯りを点けた時です。灯りを点けようとようとしても灯りは点きません。何度も灯りのスイッチを入れますが ブレーカーが飛んだのか点きませんでした。ブレーカーを調べるにも暗くて見えませんでした。仕方がないので 灯りになる懐中電灯をダンボール箱から捜していると主人が目を覚ましたようで「何してるの? 電気も点けずに。真っ暗だよ」と 言いながら起きて来ました。

主人は何で点かないのかな〜と言いながら電気のスイッチをパチパチしていました。 「懐中電灯あったろう。見えないから貸して〜」寝起きの声で話しかけてきます。「今捜してるのよ〜」「古い家だから仕方が無いわね」 そう言いながら懐中電灯を入れてある筈のダンボール箱を物色しました。 左の箱には見当たらず右の箱をゴソゴソ捜していると、私の顔に何やら冷たい物が当たってきます。「エ〜、何? 鬱陶しいわね」 得体の知れない物を手で払いのけながらようやく懐中電灯を見つけることが出来ました。 懐中電灯が点く事を確認し目の前を照らした時、目の前に現れたのは、人の足でした。天井から人がぶら下がっていたのです。

「キャー、首吊りー、首吊り死体!」 必死で主人に訴えかけました。「え、何?懐中電灯見つかったのか?」 主人はのそのそと私の所に来ました。 「こ、こ、ここに、死体が・・・ぶら下がって・・・死体が・・・」 目を伏せたまま懐中電灯の明かりを今見た方に向けると主人も「アー!、出たー!」と叫びながら私の横に尻餅をつきました。

「そ、外に出るぞ、早く」2人で這いながら玄関に向かおうとした時、「ギ〜、ギ〜〜ィ」と軋む音が天井から聞こえ、天井からぶらさがって いる人が揺れだしたのが感覚でわかりました。急いで玄関まで這い出ました。何とか外に逃れた私と主人は今体験した事を 近所に住む主人の友人に話しました。怖くてとても部屋に戻る気持ちにはなれません。

暫くし落ち着いてから主人の友人と三人で家の前まで戻って来ました。そして友人に部屋を見に行ってもらいました。「何も無いじゃないか。電気だって点いたし。 きっと寝ぼけてたんだよ。2人で怖い話でもしてたんじゃないの?」友人はしかめっ面で私達に話してくれました。

でも、私達は怖くてあの家に戻れません。私の実家の母に「電気が壊れて点かないから今晩泊めさせて欲しい」とお願いし、 私の実家でその晩は過ごさせてもらう事にしました。その晩は恐怖のあまり眠ることも出来ず、話す事も出来ず日が昇るのを ただじっと2人で待ちました。朝一番に契約した不動産屋さんに電話を入れ、昨晩の事を話し部屋を見に行ってくれる様お 願いしました。

すると不動産屋さんは落ち着いた口調で「あ〜、やっぱり出ましたか。一年に一度しか出ないんですよ。お盆の間は休みを取って あの文化にはいらしゃらないだろうと思っていたのでお伝えしなかったんですよ。10年くらい前なんですが50歳位の男の人が 孤独とノイローゼで首を吊ったんです。亡くなられてからお祓いをしてもらったのですが、まだ出ましたか。二年空き家になって いましたから私も解らなかったんです。本当にすみませんでした。でも、もう大丈夫ですよ。出ませんから。亡くなった日が15日 、昨日が命日でしたからもう出ませんよ。安心してください」 話を聞いていた私はだんだんと腹立たしくなってきました。

「あのね〜、何のんきな事言われているのですか。私達もうあの文化出ます。解約します。いますぐ!」

私と主人は後半月で改装が終わるのを待たずこの文化を出ました。改装が終わるまでの間は実家にお世話になり、店の改装が 終わると直ぐに私達の喫茶店に引っ越す事ができました。

この喫茶店で2人で力を合わせ頑張ってきました。この30年の間に子供も2人でき、今では2人とも無事成人し一人はサラリーマン、 一人は喫茶店を手伝ってくれています。 あの時、怖さのあまり飛び出た文化は今でも残っています。

今でも8月15日に姿を見せているのでしょうか。この男性が何を言いたかったのか解りませんが、本当に怖い経験をしました。


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22.天国へのバス


家族と山菜採りに行った時の事です。

朝から晴天で気持ちが良い日でした。主人が朝食を食べながら 「今日はいい天気だね。弁当を買ってドライブにでも行くか〜」と話しかけてきました。

「そうね〜、洗濯も済ませたし おにぎりだけ作って出かけましょうか」と返事をし子供達に声を掛け 一家で出かける事にしました。

山に入り、景色の良い所でレジャーシートを広げ昼食を食べました。緑がたくさんあり空気も澄んでいて 心も体も洗われる気持ちになっていました。 主人と長男のヒデは食事を済ませると山菜を採りに出かけました。

私と娘のルイはレジャーシートでしばらく横になりながら、少しの雲が風に流されて行く青空をぼんやり 眺めていました。

「ママ、気持ち良いね。お空の雲さんもクマさんやケーキみたいな形になって、フワフワ流れていって 気持ちよさそう。ルカも雲に乗りたいな〜 風さんに流されてみたいな〜」 娘は嬉しそうに話をしていました。

「本当に雲に乗れたら良いね」私も幼い頃、叔父とよく空を眺めてルカと同じような思いを話していた事を 思い出しました。その叔父に会ったのは祖母が亡くなった葬儀の時が最後でした。

幼い時は叔父によく可愛がってもらったなあと思い出してしまいました。その叔父はひと月ほど前に海外で 事故に遭い亡くなってしまったのです。

「ママ、お空に黒い雲が出てきたよ。青いお空が無くなってきたよ」

「まあ大変、パパとお兄ちゃんを呼んでこないと・・雨が降ってくるわ」

私と娘は慌ててお昼の片付けをしてレジャーシートをたたむみ車に入れました。その時突然携帯電話が鳴り、 私はすぐに電話に出ました。電話は母からでした。亡くなった叔父のお骨が今朝早く船と一緒に日本に着き 、昼過ぎに叔母の元にお骨が届けられたとの知らせでした。

叔父は船乗りで外国船に乗っており、寄港先の国で休暇中に事故に遭い現地で荼毘に付せられ ていたのです。たまたまその船に僧侶が乗船していたらしく、日本に着くまで供養をしていてくれたらしいのです。

母は訃報を聞いてからずっと義理の妹、叔母に寄り添い弟の帰りを待っていました。骨になって帰ってきた弟を 出迎えたは母は電話先で泣いていました。叔父は私が聞いていた帰宅日より1日早く帰宅した事になります。

叔父の事を思い出した矢先に母からの電話で叔父の帰宅を知らされました。

「ママ、ママ」 娘の声で私は我に返りました。「ルカ、そうだね、パパとお兄ちゃんを呼びに行かないといけ ないね」

「ママ、ほら、バスが来るよ」ルカが指差す方を見るとバスが走って来ます。観光バスなのだろうか?

よく見てみるとバスに乗っているお客は額の所に白い三角巾のようなものを逆さに着け、 下を向いてうなだれているように見えました。言葉では言い表わせないような雰囲気で不気味な感じがした 時に、見覚えのある人が乗っているのに気が付きました。よく見るとさっき母から電話で聞いた叔父でした。

「叔父さん、叔父さん、何処に行くの?行かないで、ノブ叔父ちゃん!」思わず叫んでしまい、その叫び声に驚いた ルカは泣いてしまいました。「ルカちゃんごめん。大丈夫よ。大きな声出してごめんね」

そうルカに言い、バスを見ていました。バスは道路から外れ崖の方に向かって真っ直ぐ進んで行きます。

あっ、と思った瞬間、バスは宙に浮きスーッと消えるように姿が見えなくなってしまいました。

「ママ、バス何処に行ったの?」

「きっと天国に行ったのよ。叔父さんがね 見せてくれたの。ママにお別れをしに来てくれてね、天国に行くのを見せてくれたのよ。きっとそうよ・・・」

「ルカ、ママといっしょに叔父ちゃんに手を合わせましょう」

私とルカは二人でバスが消えた方に向かって手を合わせ、叔父の冥福を祈りました。

「叔父さんさようなら。天国で私たちの事見守っていてね」そう心の中で言いました。

間もなくして主人と息子が車の所まで戻って来ました。

「山菜採りしおったら急に空が暗くなったんで帰ってきたよ」 主人がそう言うと私は母から電話が有ったことを伝えました。

「そうか、叔父さん帰ってきたんだね。お前が大好きだった叔父さん、残念な事だったね。今から挨拶に行こうか」
そう主人は言ってくれて4人で叔父さんの家へ向かう事になりました。

車の中で娘と二人、後ろの椅子に座り、小さな声で娘に 「パパとお兄ちゃんにはバスを見たこと内緒だよ」

「うん、ママわかった。天国バスね」




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21.雪女


 私がまだ中学二年の時、週末家族で旅行に出かけました。

出発した日は晴天で、高速道路も込み合う事無くスムーズに走りました。ホテルに着く頃には 日も陰り、お風呂に入ってから夕食を食べ床につきました。朝の出発が早かったのもあり  すぐに眠ってしまいました。どれくらい時間が経ったのか解りませんが、目が覚めトイレに行こうと 部屋から出た時です。背中が「ゾクッ」とし振り返りました。モヤか霧のようなものが立ち込めていて 誰がが立っているのがわかりました。

怖くて目をつぶってしまいました。寒くて凍えそうです。少し目を開けてみるとまだ誰か立っています。 女性のように思えます。そう思った時に、その人が話しかけてきました。私の頭の中にその人の声が聞こえたのです。

「明日は朝から大雪です」

思わず返事をしてしまいました。「えっ、大雪ですか。寒いですよね」

返事をしてしまい、より怖くなり、私はこのまま凍え死んでしまうの?と心の中で叫んでしまいました。 するとまた話し掛けてきました。

「命は取りません。雪が降ることを知らせに来ただけです」

こう聞いて私はほっとしたのか「私達家族は此処に足止めですか。家に帰れないんですね」

と声に出して返事をしました。すると「いいえ、家には帰れます。手を合わせて祈るのです。祈れば願いは叶います」

と言われました。その場で私は手を合わせ必死に祈りました。

ふと、気がつくと女の人もモヤか霧のようなものも消えていました。ただ、そこには冷気だけが残っていました。

「きゃー、出た。出た、オバケが出た」我に返った私は叫んでいました。

私の叫び声で両親が目を覚まし、寝ぼけてないで早く寝なさいと叱られました。

「でも、おばけが大雪が降るって言ったもん。手を合わせて家に帰れるように祈ったら帰れるって言われたんだもん」 必死で両親に訴えかけました。

「わかった、わかった。外見てみよう」布団から父が出て来てカーテンを開けました。

「ア〜雪だ。本当に雪が降り出したな。天気予報では雪が降るなんて一言も言ってなかったのになあ」 父も首を傾げていました。

私が言った事が本当になったので嬉しくてしかたありませんでした。私はトイレに行ってもう一度寝ました。

目が覚め外の景色を見てみると、一面雪化粧、白一色でした。

「本当に降り積もった。雪降ってるし、遊園地の乗り物動くかな」

「外の乗り物は無理でも室内遊園地で遊べば良いじゃない。スケートしてもいいんじゃない。お母さんはお父さんと お芝居を見に行くわ。あなた達は室内で遊べばいいんじゃない?」

遊園地に行くと、お母さんが言った通り外の乗り物は動いていなくて、弟と二人で室内でお昼過ぎまで遊んでいました。

お昼ごはんも食べ遊園地を出る時には、積もっていた雪は溶けはじめ雪はもう降っていませんでした。

帰りの高速道路はスムーズで無事に家に帰る事ができました。これもオバケさんが帰れると信じて祈ればと言ってくれたお陰です。 家に帰ってからお婆ちゃんの家で夕食を食べる事になりました。

「どう、楽しかったかい?」とお婆ちゃん。

「うん、楽しかったよ。大雪が降ってね積もったんだよ」と私が言うと

「雪が降ったのかい。それは大変だったね。お婆ちゃんはお寺にお参りに行ったけれど雪は降らなかったよ。 お婆ちゃんの妹が10歳で亡くなったんだけれど命日だったからね。お参りに行って来たんだよ。雪の好きな 子でね。雪が降るのが解るらしくて、布団の中でいつも雪が降るのを言い当てていたんだよ。 まあ、名前も雪子だったんだけれどもね」

「お婆ちゃん、私ねホテルでオバケ見たんだよ。雪降るのを教えに来たって言ってたよ。もしかしたらその雪子さんだったかも」

「きっとそうだよ。雪子だよ。孫と息子夫婦を守ってくれているんだろうね」

お婆ちゃんはそう言って手を合わせたので、私も一緒に手を合わせて心の中で言いました。

「ありがとう。雪女のオバケさんこと雪子さん ありがとう」


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S消えた首と手


 私と主人が経験した恐ろしい話を聞いてください。

十年以上前のことです、私は妊娠三ヶ月で気持ちがいらいらする日々を過ごしていた時の事です。

洗面所で顔を洗っていた主人が、突然大きな声で叫びました。

「ワー!俺の顔、俺の手、右手が無い!鏡に映ってない!! おい!来てくれ!」

私は慌てて主人の所に行くと、主人の顔と右手はちゃんと普通にありました。

「何言っているの!ちゃんとあるじゃない!寝ぼけてるの!」いらいら口調で主人に返事をすると、 「ち、違うんだよ〜 鏡・鏡見て!」と言うので鏡を見ると・・

私はその場に座り込み気を失ってしまったようなのです。

気が付くとソファーの上に寝かされ傍らには主人が心配そうな顔で私を見詰めていました。

私はとっさに主人の顔と右手を必死でさすりしがみ付きました。 私が見た鏡には主人が言った様に主人の顔と右手が映っていなかったのです。

私は気持ちを取り直し、もう一度主人に鏡の前に立ってもらいました。

鏡に映る主人は先程と同じく体と左手しか映っていなく、どう見ても首から上と右手が映っていませんでした。

私は気分が悪くなり、

「もういいわ。パパ、ご住職の所へ行きましょう」

と言いました。仕事を休ませ、二人で主人の実家がお世話になっているお寺へ急いで向かう事にしました。

お寺に行く途中にはトンネルが有るのですが、トンネルに入るなり 主人が「車の中が臭い」と言い出し、窓を開け鏡に映らなかった右手のひじを窓枠に掛けながら運転していました。

トンネルから出る手前、暗闇から光が差してきた時でした。主人が

「俺の右手が無い!」と言い出しました。私はとっさに主人の右手を見ると・・・

肩から右手がある筈なのに、肩から先の右手が無いのです。血の気が引く思いでした。

主人の顔はちゃんと有ります、でも右手が無い、見えないのです。

トンネルを抜け日が明るく差している所まで来ると・・右手がはっきりと私の目に映りました。

「パパ、右手戻ってきてる!見えるよ!」

「ああ!俺も見える!見えるよ!」

そうこうしているうちにお寺に着き、急いでご住職にこの話を聞いてもらいました。

ご住職は話を聞き終わると目を閉じ、暫くの間静かに座られたままでした。

ご住職が目をお開けになり、主人の先祖に介錯人はいなかったか聞いてこられました。

主人はお爺さんから介錯人の先祖がいた事を聞いていたらしく、「はい、おります」 と答えました。

すると、ご住職は「そのご先祖様が、貴方が仕事でケガをする事を知らせて来ている。お墓参りは行かれていますか? 奥さんも身篭っておられる様だし、ご先祖様に冥護してもらわないといけないね。今日はお墓参りしてから 帰りなさい。私からも仏様、ご先祖様が守ってくださるようお願いしておくから」

とおっしゃられ、 主人と二人でお墓参りに行く事にしました。

私は主人と結婚して一年半になりますが、お墓参りに行ったのは一度だけでした。

今回の事が無ければ、このお寺に来る事も無くお墓参りもしていなかっただろうと主人と話していました。

ご住職さんの話を聞き、本殿の裏にあるお墓にお参りに行き、お寺を出た後は主人の実家に寄り、お仏壇にもお参りさせていただきました。

ご先祖様にお礼を言い、これからも見守って下さいと手を合わせてから家路に着きました。

舅、姑も夕食を一緒にしてから帰っては、と言ってくださったのですが、主人が早く家に帰りたいからと言って夕食を断って 家に帰りました。

家に着くなり主人は私を連れて鏡の前に立ちました。鏡に顔と右手が映るか心配だったのです。

「パパ、映ってるよ」「ああ、本当に映ってる。俺にも見えるよ」

二人で顔と右手を何度も確認し安心したとたんお腹が空いてきました。

二人で夕食を作る事になり、台所に二人で立っていると、突然主人がお風呂場に小走りで向かって行きました。

廊下で「ドスン」という大きな音がしました。

「パパ!どうしたの、大丈夫!」私は慌ててお風呂場の方に向かいました。

「痛って〜、頭と右手思いっきり打っちゃったよ〜」と言いながら、頭と右手をさすっている主人が廊下に座っていました。

「いや〜、お前疲れているだろうと思って、お風呂沸かしに行こうと思ってたら転んでしまって・・」

「普通、こんな所で転ばない筈なんだけれどもね」

独り言のように主人が話していました。

「も〜心配させないでね」「でも良かった、たいした事がなくて・・・これってご住職がお話ししてくれていた事かもしれないはね。 大難が小難になるって事じゃないかしら」そう主人に言い、

私は心の中でご先祖様に「ありがとうございます。またお墓参りに行かせてもらいます。 今度は三人で必ずお参りします」と伝えました。

あれから十数年が経ちますが、その間、主人の顔と右手が消える事はなく、たいした病気もケガもせず、子供も一人から二人になり 家族四人で毎年事あるごとに実家に顔を出し、お墓参りも欠かさず続けています。

ご先祖様に助けていただいている気持ちは あの時からず〜っと持ち続けています。お墓参りの際には必ずご住職にもご挨拶し、家族の健康と幸せをお願いしてもらっています。

ご先祖様がこんなにありがたいと思えるようになったのは鏡の一件のお陰でした。


  
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R肝試し


この話は私が雅という彼と付き合っていた時に体験した話です。

夏のある日、雅が友達と霊園に行って肝試しをすると言って出掛けようとしていました。

私は気が進まないので、雅を行かないように止めたのですが約束だからどうしても行くと言って 出掛けてしまいました。

霊園の、あるお墓の前に石を置いてくるだけの簡単な肝試しだから大丈夫だし、心配しなくて いいよ。終わったら電話するから安心してと言って霊園へ出掛けて行きました。

雅が出掛けて二時間経っても電話は掛かって来ず心配していると、 雅と一緒に肝試しに行った雅の妹から電話が掛かって来ました。

雅が家に帰り着くなり急に倒れ、呼吸が止まり救急車を呼んで 病院に運ばれたと言うのです。

私は慌てて搬送された病院に向かいました。しかし、 雅は救急車で最初に運ばれた病院で応急処置を受け、 なんとか息をするようになったのですが、此処では手術が出きないとの事で 別の大きな病院に移されたらしいのです。

最初に運ばれた病院で私の到着を待っていてくれた雅の妹に会い、移された病院に雅の妹と一緒に行く事にしました。 その道中、雅に何が起こったのかを聞きました。

怖がりの妹の為に雅は肝試しに行ったこと、元々はある決められたお墓の前に石を置いて来るだけの肝試しだったのですが、 何を思ってか雅がお墓に抱きついたこと、抱きつこうとする前に妹がお墓の所に若い女性が立っているのを見たので 雅に止めるように言ったけれども、別の友達がおだてるものだから雅は調子に乗ってお墓に抱きついてしまったこと 、肝試しが終わって霊園から帰る時は何とも無かったのだけれど、家に着くなり急に倒れ息をしなくなってしまい お母さんが救急車を呼んだ事等を泣きながら雅の妹が話してくれました。

肝試しに行く時、あの時に私がもっと必死で雅を止めていたらこんな事にはならずにすんだのに・・・ そんな思いが私の心を締め付けていました。

移された病院に着き、雅がいる病室へ。 雅は面会謝絶の札が掛かった集中治療室にいました。

室内に入る事は許されなかったのですが、看護師さんが出入りする時に扉が開けられ少しの間ですが雅を見ることが出来ました。

ベッドに横たわり酸素マスクを掛けられている雅の顔を見るなり、私は涙が溢れ出てきて涙を 止める事が出来なくなってしまいました。

雅のお母さんが

「誰の責任でもないよ、今は雅が元気になる事だけ考えましょう」

そう言ってくれ、私の気持ちも少し納まりました。

私と雅のお母さん、妹三人で集中治療室の前で待ちました。

どの位してからでしょう、なんだか室内の方が騒がしくなって 看護師さんやお医者さんの出入りが多くなってきました。

3人は顔を見合わせ、心配な気持ちが強くなって焦る気持ちが生まれ、 もしかしたら雅がダメなのではないのかという不安が頭の中に渦巻いてきました。

「私が諦めてどうするの! 雅は帰って来る。きっと元気になると思わなければダメ!」

私の心が私に言い聞かせました。

その時です、一人の看護師さんがお母さんをお医者さんのところに連れて行きました。

私と妹は落ち着かず廊下をウロウロすることだけしかできませんでした。

暫くしてお母さんが戻ってきました。 お母さんは涙ぐみながら、「雅 今日が峠だって。親族を呼んでおくようにって」 そう言ってその場に座り込んでしまいました。

私はお母さんの言葉を聞いて呆然となり、廊下に座り込んでいるお母さんを 見つめる事しか出来ませんでした。

その時です、私達が居る集中治療室の前の廊下に向かって一人の女性が歩いてきました。

「あっ、あの人!!」妹が叫びました。

「お墓にいた人だ! 来ないで〜!!」

妹は声にならない声で叫びました。

お母さんは妹の声を聞き、立ち上がり、両手の掌を女性の方に向け 来るなと言わんばかりに振りだしました。

涙でくしゃくしゃになった顔を左右に振りながら両手を振り続けました。

私は怖さで頭が真っ白になり、いつの間にか両目をつぶり両手を胸の所で合わせ 「ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・・」と唱えていました。

心の中では、お願い来ないで!あっちに行って!雅に何もしないで!そう叫んでいました。

いつの間にか三人で「ナンマンダブ、ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・」と唱えていました。

どのくらいの時間が経ったのかはわかりませんでした。 いきなり後ろの治療室の扉が「バタン」と開いたのです。

すると、看護師さんが足早に私たちの方に駆け寄り、

「もう大丈夫です! 意識を取り戻され、呼吸も安定しました」

「早く息子さんのところに行ってお顔をみてあげてください」

私達は病室に入り雅と顔を合わすことができました。

先生からも話があり、2,3日入院して様子を診るようにと言われ 今日は集中治療室で完全看護状態にするとのことです。

取り敢えず必要なものを買いに三人で近くのコンビニへ買い物に行く事にしました。

近くのコンビニで買い物を済ませ病院の門を入ろうとした時、 アベックが立っていました。

私達が横を通り過ぎようとした時、このアベックが私達の方を向いて頭を下げてきました。

「知り合い?」お母さんが聞いてきました。

「い・いえ〜?」と答え、妹の方に目を向けると・・・

「あの人、お墓にいた、さっき病院の廊下でこっちに歩いてきた女の人ですよ」

「良かったね、2人が出会えて」

と言ってニッコリと微笑んでいました。

後で妹が話してくれました。

あの女性が雅を彼と間違えて連れて行こうとしたらしいのです。

その後雅は元気になり4日目に退院しました。

私は雅と約束をしました。 もう二度と肝試しには参加しない、見に行かない事を約束しました。 私もこんな経験はしたくありません。

暫くしてから妹が雅が抱きついたお墓の事、女性の事を調べてくれました。 雅が抱きついたお墓は無縁墓で、お参りする人も無く、このお墓に 居付いていて寂しい思いをしながら彼を待ち続けていた霊が私達が見た女性で、 雅を彼の代わりに連れて行こうとしたらしいのです。

霊の女性の彼が運よく現れたので、雅は助かったとも教えてくれました。

たぶん私達が必死で唱えた気持ちが、霊界の彼に何らかの形で届き 彼女を迎えに来たのだろうということでした。

私は元々幽霊を見る事はありませんでしたが、妹と一緒にいると何故か普通に見えるようになるのです。

妹は今では霊媒師としての仕事をお母さんと一緒にされています。

雅は私と結婚し良い夫でいてくれています。

あの時の幽霊の女の人は彼と幸せに暮しているのでしょうか。

迷わず成仏してください。間違っても私達の前には現れて欲しくありません。

あの世で2人が幸せに暮している事を願っています。




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Q17:30 病院の恐怖


 風邪を引き、夕方にある病院へ行った時の事です。

季節の変わり目で体がだるく、40歳を越えていた私は成人病になったのではないかと心配になり 普段は行く事の無い、近所でもあまり良い評判を聞かない総合病院へ行きました。

本当は行きたくはなかったのですが、行き付けの病院が休んでいた事や仕事の都合で仕方が無かったのです。 いや、もしかしたら私はこの病院に呼ばれていたのかもしれません。

病院に入るなりどんよりとした雰囲気に包まれ、待合室には一人もおらず、患者は私一人しか来ていないようでした。 受付で今の体の状態を説明し、熱を測り呼ばれるのを待っていました。

暫くして診察室に案内されました。 頭の真ん中、中心部分の髪の毛が薄くなった先生がいらっしゃいました。

「どうですか、熱はないようですが」

「はい、体が重くてだるいんです。もう一週間ぐらいこんな調子で」

「そうですか」と医者は言いながら聴診器を体に当て、喉を診てくれました。

「風邪のようですね。薬を出しときましょう。今日は注射を打っておきますので 2,3日 様子を見て良くならなければまた来てください」

そう言って先生は注射を打ってくれました。

注射を打ち終わると、信じられない言葉をこの先生が言い出したのです。

「何でこの病院に来たのですか? この病院は死ぬ患者しか来ないんですよ。」

「此処に来るのは老人が多くてね、治療しても良くならない患者ばかりで・・ 私らは患者をあの世にお送りするだけなんですよ」

「・・・えっ、いえ、私は近所なものですから・・こちらに来させてもらったんですが・・」

小さな声で返事をしました。

「そうですか。でしたら、午前中にいらっしゃれば良かったね。 受付で処方箋をもらって早く帰りなさい」

そう先生は言われ私に背を向け、 机に向かわれました。

「あ〜、はい。解りました」私はそう答え、診察室を出て受付で呼ばれるのを椅子に腰掛け待っていました。

じきに呼ばれ、支払いを済ませ処方箋をもらい帰ろうとした時です。

電気が消え、看護師さんや病院関係者の人達が一斉に病院から出て行きます。

私も慌てて病院から出ました。

薬をもらいに処方箋薬局に向かって歩いていると、後ろから肩を叩いてくる人がいました。

振り返ると女の人2人がいて

「ごめんね〜病院追い出すみたいになって」と言って来ました。

「あーいえ、貴方は?」と尋ねると

「私達受付に居た者ですよ」と答えられました。

私は思い切って聞いてみました。

「何でこちらの病院は5時半になると皆さん慌てて一斉に帰られるんですか?」

受付の2人の女性の返事は・・

「え〜、言っていいのかなあ。 ご近所だし、いいかな。

 実はね、出るんですよ! 幽霊が・・」

「幽霊って、あの幽霊ですか? でも、時間早くないですか。幽霊は真夜中に出るんですよね?」

「ええ、私も初めはそう思っていたんですけどね。  患者さんが亡くなった時間が5時半らしくて、老婆なんだけど、  亡くなって引き取る身内さんがいらっしゃらなくて、亡くなってから三日ほど病院の霊安室にいらしたみたい。 これが三年位前のことなんだけど」

「その老婆が亡くなってから、この病院に来られる老人が増えてね。  治療できない、身内もいない一人暮しの老人の入院患者が増えたんだよね」

「うん、そうみたい。私も未だこの病院で二年位だから、  あまり知らないんだけどね。お祓いでもすればいいのに。  5時半になると皆帰るしかないのよね・・」

このように受付の2人が私に話してくれました。

そして、処方箋薬局の前でこの2人と別れ、 薬をもらって家に帰る事にしました。

家に帰る途中、この病院の前を通らなければいけないのですが、 病院の前に差し掛かった時、ふっと病院の方に目をやった時です。

病院の入り口の横に自動販売機が有り、そこで一人の老人?が 私の方を見て手招きしている姿が目に入ったのです。

私は慌てて目をそらし、駆け足で家まで帰りました。 本当に怖い思いをしました。

あれ以来、この病院には行っていません。 今でもこの病院は5時半を過ぎると人が消えるらしいのです。


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P黄泉の国へのツーリング


免許を取り、連れとツーリングに行く約束をした16才の高校時代の夏休みの話。

連れ5人と待ち合わせ、単車ツーリングへGO!

家から5キロ行った位のところに見た事もないトンネルがあって、連れと「こんな所にトンネルあったっけ」 って話をして、オモローなのでトンネルに入ってみる事にした俺と5人の連れ。

トンネルを抜けると一台の単車がまるで俺達を待っていたかのように止まっていて、「なんだ、こいつ?」 と思って、俺、その単車野郎に声掛けしたんだ。そしたら、その単車野郎話し出しやがったんだ。

「俺と来るか?他に仲間2人いるぜ」

なんかオモローと思ってその単車野郎と一緒にツーリングする事になった。

他の5人の連れも俺と一緒で、単車野郎と一緒に行く事になった。

しばらく単車を走らせていると、またもや見た事がないトンネルがあって、そこを抜けるとまたトンネル、 3つトンネルを抜けた所に単車野郎の連れがいて、見るからに暗い2人組み。

単車野郎がその連れに何やら話しかけてその暗い2人も仲間に入ってツーリングを始めた俺達。

俺の連れ1人が腹が痛いと言い出し、俺達は単車を止め連れの様子を伺っていた。

そうこうしている内に、単車野郎と暗い連れが話し出し、俺達と別れて行動する事になった。

俺達は単車野郎とその連れ2人と別れ、元来た道を引き返す事にした。

単車野郎と暗い2人に別れを告げ、来た道を戻り家に向かって単車を転がし始めた。

トンネルを4つ通り抜けてやっと見覚えのある景色が目に入って来た。そして後ろの連れの方を見ると、 誰も居なくなっていた。

「俺1人? 連れ達はどこに消えたんじゃ?」

仕方なく俺は家に帰り、電話を連れにかけまくったが誰も出ない。なんでじゃ?

次の日になってようやく昨日腹痛起こしたサキから連絡があった。

「お前なー、何処に行っとったん。皆で捜したんやで。みつからへんし、電話しても誰も出んし」

俺はサキに「何いっとるん、俺がお前達を捜しとったんやんか。俺も電話したけど出なかったやんか」って反論した。

「まあいいわ。これからまたツーリング行くぞ。出て来いよ」とサキに言われ、オモローな気分でない俺は仕方なく 出掛けて行った。

「あれー、サキは?俺に連絡して来たのに来てないのんか!」集まっていた連れに文句を言うと、

「あー、サキは熱出して寝てるはず。電話する元気も無いはずだし、俺らが今日ここに寄ることも知らないはずだぜ」

「何でタクにだけ電話したんかね」

「ほんまや、何でタクにだけ電話したんかね。何で俺らがここに寄るの知ってんのかね」他の連れも口々に言っていた。

「俺も訳わからんわ」

何が何やら、オモローなのか、俺が皆に担がされているのか、訳がわからなかった。

「お前らさ、昨日どこにおったんや?俺と一緒に走っとって突然消えやがって、俺1人で家帰ったんやで」

すると連れらは「そりゃ兄さん、逆ですわー、俺らがタクのこと捜しとったんやで。腹痛のサキもお前の事捜しとったんやからなあ」

道は一本道やったし、トンネル4つやったし、何処にも向け道無かった筈やし。

俺は連れに「なー、今日はあのトンネルの道走らんとこな」と言った。

連れらも「あー、俺もそう思う」 「タクがまた消えたらあかんしな」 「サキ腹痛起こして熱出したし、やめとこ」 「やめとこ」 と言う事になり、俺らはトンネルとは違う方向に向かって出発した。

が、しかし、何時の間にか俺らはトンネルの在る道の方に入ってしまい昨日のトンネルの前で単車を止めた。

俺と連れ4人はさすがに気持ち悪くなって道を引き返す事にした。

引き返そうとしたその時に、昨日一緒に途中まで単車を転がした単車野郎らに会ってしまった。

「お前ら何処行くんや、俺らと走ろうかー」と単車野郎に声を掛けられた。

「あっ、すまん。今日は時間ないからな、無理やねん。すまんな」俺はとっさに答えた。

すると単車野郎が、「お前らの連れ1人来とるぞ。サキとか言う奴や。向こうで走ってるで」

「えっ、サキは熱出して今日は来てない筈や!嘘つくな」と言い返した。

すると突然「タク、俺はここにおるゾ」 サキが何時の間にか単車野朗の後ろに現れた。

「サキ、お前熱出して家におるのんとちがうんか」

サキは、「俺が電話してタクを今日誘ったやろー、ツーリング行こかって」

「ああ、そうやなあ、サキ俺に電話くれたし、ツーリング言うてくれたな」

他の連れらが、「サキ、お前俺らだましとったのか、心配してたんやで。病気のふりしてたのか?」

「すまん、すまん、俺もう大丈夫やから。そやから一緒に走ろうや」サキは皆にこう言ったが、

連れらが「いや、今日はいいわ。俺らもう帰るわ。サキはこの単車野郎と走りに行き」と言って 俺と連れ4人は来た道を戻る事になった。

連れらは騙されたような気がしたし、単車野郎とサキと一緒にツーリングに行く気になれなかった事を俺に話してくれ、 行きつけの茶店でうだうだしゃべってその日は解散した。

あくる日の朝、サキの母親から電話がありサキが昨日の9時に亡くなった事を知らせてくれた。

俺と連れらは驚き、サキの家へ急いだ。

俺らは布団に横たわり顔に白布をかぶせられた動かないサキに向かって

「お前、昨日俺に電話くれたね〜、俺らと一緒にツーリング行こう言うたよね〜、あれは夢やったんか?」

俺と連れ4人はしばらく動けなかった。

あの単車野郎は死神やったのやろうか。

サキを迎えに来たのやろうか。たまたまサキが連れて行かれたのやろうか。

もしかしたら俺が連れて行かれたかもしれない。

間違いなく次は俺やったと思う。

サキから電話をもらったのは俺だけやったから。

俺は連れに助けてもらったことになる。

俺1人やったら絶対にあの時、サキと単車野郎と一緒にツーリングに行ってたと思うから。

あれ以来俺は単車に乗っていない。今は車だけに乗っている。

今でもあのトンネルの道は存在し、あの時とは違ってきれいな道になっているらしい。

何でも、俺達がトンネルに行った30年くらい前に16才の少年5人が事故で亡くなっていたらしい。

もう少しで俺と連れ4人は、黄泉の国へツーリングするところだったのかもしれない。

ホンマに怖い経験でした。

皆さんも単車でツーリング行く時は気をつけてください。知らない奴の誘いは断った方が身のためかもしれませんよ。




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O首無し武士


俺のお袋は霊感が強く色々なところでオバケを見ている。オバケの話を聞かされて俺は育ったんだけれど その中でも一番怖い面白い話をひとつ。

毎年俺の家族は盆時期(8/14〜8/16)にキャンプに必ず出掛けていた。 その年の盆は親父の仕事の関係で何時もより早くキャンプに行く事になり(8/13〜8/15) 、先祖の墓参りをすませてからキャンプに行き8月15日の昼過ぎに家に帰ってきた。

お袋はキャンプで溜まった洗濯物を早々と洗濯機にかけていた。夕方に1回目の洗濯物を取り入れようとしていると、 家の裏の林から「ガシャガシャガシャ」と物音がしてお袋はその物音のする方に向かって、 「うるさい。私は忙しいんや」 「何の用事や」と話しかけたらしい。

すると、林の物音がする方から のそっと、武士の体が現れたらしい。 その武士の体はテレパシーでお袋に話しかけてきたらしく、武士の体は首を捜していて 体と首を引き合わせてくれとお袋に頼んできたらしい。

お袋は、武士の体に、首にもここに来るように言えと言ったが首が何処にいるのか解らんで困っていたらしい。 体をガシャガシャ動かして困っていたと言う。

お袋が2回目の洗濯物を干しにベランダに上がった時、干してあった洗濯物が風も無いのに 揺れているのでオカシイと思い、干してあった洗濯物をめくって見るとそこには何と 生首が浮いていて洗濯物に絡み付いていたらしい。

お袋は、「ええかげんにしいや! 私は忙しいんや。あんたらに関わってる暇ないんや」と 生首に怒鳴りつけたらしい。

すると、生首は頭を下げ、お袋に自分の体と引き合わせて欲しいと頼んできたらしい。 お袋はあんまり生首が頭を下げるもんやから可哀相に思い、気の毒なので16日の夕方に体と生首を引き合わす約束を したそうだ。

林に向かいお袋は、 「体さん、明日の16日夕方に生首さんと引き合わせるよってに、ベランダに集合してください」 と大きな声で声を掛け、洗濯物を干してさっさと家の中に入ったそうだ。

そして翌日の16日夕方6時頃、お袋は武士の体と生首を”合体”させる作業に掛かったらしい。 お袋は少し?変わっていて、武士は決して人に背を向けないものだと思っていたらしい。 この事が大変な不幸を生み出すとは、この時生首も武士の体もお袋も露ほども思っていなかったらしい。

お袋は気持ち悪かったが、生首の顔を自分の方に向けて持ち、お袋の目の前に立っている武士の体に生首を載せたそうだ。 この時お袋は生首と体をくっつける為に目をつぶって載せたらしい。

目をつぶって何かをしないとくっつかないとお袋は言っていた。

お袋は、まさか、武士が自分に背を向けて立っているとは思いもしなかったらしい。

背を向けた武士の体に、顔をお袋の方に向けた状態で生首を載せくっつけてしまったらしい。

結果、武士の首は体の反対に付いてしまい、お袋はそこで一言、 「あんた、なんで、私に背を向けるの? しらんんわ〜 もう!」

お袋は首を引っこ抜こうとしたが抜けないので、諦め 「ハイ、終了」と武士に言葉を掛け、 家の中にお袋は逃げ込んだらしい。結局お袋にも申し訳なかったという気持ちが少しは有ったようだ。

それから毎年8月15日になると林の方から 「ガシャガシャ、ボテ」 という音が聞こえるとお袋が言っていた。 逆さまに首が付いてしまっている鎧を着た武士が夜な夜なうろついているらしい。

お袋は毎年その鎧武者を見て楽しんでいるらしい。 俺からすれば、その鎧武者が気の毒やら可哀相やら思えて気の毒になってしまう。

俺のお袋は鬼か悪魔かもしれない。でも、お袋はこの鎧武者が「ありがたや、ありがたや」と言っていたと 友人に自慢しているところを聞いた事がある。お袋は自分が親切で天使のような人だと思い今回の事も 満足しているらしい。俺が思うに、あくまでも自己満足なだけだと思うんだが。

俺が出来る事は、8月15日にベランダに出て林に向かって鎧武者が成仏するように手を合わせる事だけ。

今年も手を合わせたよ。「絶対に、お袋の息子の俺のところに出てこずに、 成仏してくれ!」 と念じたよ。


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N軍神と暮らした3ヶ月


 遠い遠い昔のお話でございます。
私も80歳を過ぎ、何時お迎えが来るか分からない年になりましたが今までお人様にお話して良いのやら 解らないままこの歳まで生きながらえてきました。

人には色々な愛の形があると思いますが、私には一生涯忘れえぬ愛を 主人から頂きました。

 終戦一年前にご近所の方からの紹介でお見合いをし、戦地に向かわれるのを覚悟の上で主人と 結婚いたしました。形だけの式を挙げ一週間ほどを共に暮らした後、主人は戦地へと出向かれました。

その後終戦を迎え、主人が戦死したと言う知らせが無かったものですから、私は子供を連れ 主人を迎えに幾度も港へ出かけました。

そして、息子の一歳の誕生日を3ヵ月後に控えた頃の事です。玄関で男の人が挨拶しているので出てみますと 、そこには主人が立っておりました。

主人の顔を見ると胸が一杯になり、何と主人に声を掛けたら良いのかわからなくなってしまい、 涙が滲んで来るだけでした。

主人は笑顔で「帰ってきたぞ、苦労をかけたな」そう仰って下さいました。 まだ写真でしか見た事のない息子を抱きかかえ、優しく話し掛けて下さっている姿が今でも鮮明に思い出されます。

主人は色々と話しをしてくださいました。日本に引き揚げて来るのが精一杯で、何の連絡も出来なくこの様に突然帰って来て しまった事、3ケ月は家に居れるがその後はお国の仕事があるのでまた出かける事、一緒に行けなかったお宮参りに 三人で行く事、歩き初めのお祝いをする事などなど、この3ヵ月にしたい事などを沢山沢山お話ししてくださいました。 ただ、一言も戦地でのお話しはなさいませんでした。

やっと主人が無事に帰ってきてくれた事を主人の実家、私の実家、友人達に手紙で知らせました。 手紙を送った皆様からは、本当に良かった、ご苦労様でしたとお返事を頂けたのですが、 主人の実家からは返事が返って来ませんでした。 私は姑のことが気になったのですが、主人と三人で暮らせる事が楽しくて、嬉しくて、姑の事を次第に気にしなくなっていました。

時が過ぎるのは早いもので、息子の一歳の歩き初めの祝いも出来、三人で過ごす事ができた3ヵ月が終わりを迎えようとしていました。
主人が出発する前日、主人は私に、 明日から家を留守にする、家の事は私に任せる、 国からお金が送られてくるので生活の心配はしなくても良い、 私と知り合い息子が産まれ、一歳の誕生日を一緒に祝う事が出来、本当に嬉しい、 何時までも私と息子を愛おしく誇りに思う。そして、我が一生に悔いはなし、 そうおっしゃられました。
そして、笑顔で旅立って行かれました。

私の主人は立派な軍人様です。大和魂の塊のような人でした。

主人が出掛けて一週間が過ぎた頃でした。 姑が突然訪ねて来たのです。私を心配してわざわざ遠方から来てくださり、そして信じられない話を私にしてくださいました。

息子(私の主人)は終戦直前に戦死し軍神になられた。私が見た息子は幻で本当の息子ではない。と、この様な事を話してくれたのです。

私は姑が何を言っているのか理解出来ませんでした。

主人と3ヵ月過ごした日々が夢や幻だとは到底信じられない事でした。 きっと姑は、主人が実家に帰らず私の所に帰ってきた事をやっかんでいるのだと思いました。

私は姑に、姑が話してくれた事に反発して、主人は生きて私と息子のところに帰って来て下さいました。 生きてです!と、口走ってしまいました。

姑は一枚の手紙を差し出してくださいました。その手紙には、主人の名前と戦死という文字が書かれていました。 戦死の知らせが何故か姑、主人の実家に送られていたのです。

主人が戦死した日付は、ちょうど私が主人と夫婦になった日でした。 今は結婚記念日と言うのでしょうか。

姑は主人の戦死の知らせを受け取ってから床についてしまい、私からの手紙を受け取って直に来たかったらしいのですが、 行くに行けずこんなに時が経ってしまったと言うのです。 床に伏せている時に主人の戦友がわざわざ姑を訪ねて来てくださったらしく、 その時の話を姑が話して下さいました。

主人は勇敢に戦い、息を引き取る前、私と息子の写真をきつく握りしめ、必ずお前たちの元に帰ると言って息を引き取ったと教えてくださいました。 主人は亡くなるまで私と息子の事を偲んでくださっていました。

私と息子の事を心配し、嫌味で来られたのでは無かったのに姑に対して嫌味と思ってしまった事を今も反省しております。

私の愛するお方、軍神となり安らかに眠ってくださいませ。貴方様と過ごした3ヵ月は私の一生の思い出、宝物の日々で御座います。

姑と私の気持ちが落ち着き、主人を見送る覚悟ができ、遅い葬儀にはなりましたが主人をあの世へお送りする事ができました。

私と息子は二人で頑張り今では幸せに暮らしております。私は一生涯結婚せず生きて参りました。 女一人で子供を育て生きて行くのは大変だと、再婚のお話も頂戴しましたが、主人と過ごした3ヵ月が忘れられず 主人以外の人には嫁ごうとは思いませんでした。

私の伴侶は大和魂を持った軍神様、主人ただ一人で御座います。

主人と出会い夫婦になれたことを今でも有難く思っております。お迎えの時にきっと主人が来て下さると思いその時を楽しみにしております。

この様な私のお話を聞いてくださり有難く思います。お話できた事で何か胸の重石が取れたように思えます。

ありがとうございました。


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M幽霊からの招待状


私が体験した怖い話を聞いてもらえますでしょうか。
この話は主人が転勤のため社宅に住まいを移した時に体験しました。

この社宅の直ぐ横にお寺がありまして、社宅の部屋からお墓が一望できる場所に住む事になり 当初は嫌な気で居たのですが、出来るだけ気にしないように生活していました。

でも、真夜中の三時頃になりますと必ず三歳になる娘が泣き始めるのです。
初めの頃は怖い夢でも見たのだろうと思い、娘を抱きしめたりなだめたりしていました。

しかし、日を追うごとに娘が泣く回数が増え、次第に私も眠れなくなってしまいました。
睡眠不足のせいで、日中も頭がはっきりせず娘と遊ぶ気にもならず、走り回る娘にイライラし、 つい叱っては当たってしまう状態になっていました。

自分で自分の心をコントロールすることが難しくなり、心が崩れて行く様な思いでした。 社宅に越してきてからは、主人の出張が多くなり、娘との2人の生活が大半になっていました。 そんなある夜の事 夕食を娘と2人で済まし、お風呂に入る準備をしていた時でした。

娘が急に未だお風呂に入らないと言い出したのです。
何でもお客さんが来るからとか。

娘のマナに、お客さんって誰なのか聞いて見たところ、何時もマナと遊ぼうと言って来るおばさんらしいのです。
何時マナちゃんに遊ぼうといってくるのか聞いてみると、夜中に言って来るらしいのですがマナは眠たくて遊べないから何時も 泣いてしまうのだと答えが返ってきました。

娘が夜泣きする理由が、見知らぬおばさんのお誘い、招待だったと知り愕然となりました。
私は、娘に今日は何故そのおばさんが来るのか、何をしに来るのか聞いてみました。
すると娘は、マナとママを誘って連れて行きたい所があるらしいと言うのです。
しかも、そのおばさんはもう迎えに来ていると言うのです。

娘が窓の方を指差し、ほら、そこに居るよ、呼んでいるよと私に向かってはっきりと言いました。
私はこの時全身に鳥肌が立つ思いがし、娘が指差した窓の方を恐る恐る見ました。
すると、窓に文字が浮かび上がっていたのです。

娘を私に返しなさい 、と。
娘を強く抱きしめ、ママから離れてはいけない、一人でおばちゃんに着いて行ってはいけないと何度も言いました。

窓に浮かび上がった文字、娘が言っている事、今何が起ころうとしているのか、全く判断がつきませんでした。
ただ、連れて行かせない、それだけが私の頭の中で駆け巡っていました。

突然電気が消え、辺りは真っ暗になり、窓から差す月明かりだけが僅かに視界を保ってくれていました。
窓は開けていないのに部屋の中に凍るような冷気が流れ込んでくるのがわかりました。
冷気と共に女の声が私の耳元に届きました。

一緒に行きましょう、貴方も一緒に来なさい。
不気味な囁く様な声で何度も何度も私の耳に入ってきます。
私は気が狂いそうになり、咄嗟に口走ってしまいました。

あなたの誘いは受けません!絶対に行きません!
すると、突然明かりが点き、凍るような冷気は何処かに消えていました。

私の腕の中にいるマナが大丈夫な事を確かめ、今起きた事を再度確認しました。
夢ではない。はっきりと自分にそう言い聞かせ、その晩は眠ることなくマナを抱いたまま朝日が昇るのを待ちました。

その日の午前中、何故この様な経験をしたのか、また同じ怖い目に遭った時どうしたら良いのかを知る為に家から見えるお寺に 聞きに行く事にしました。

運良くお寺のご住職に会う事が出来、昨晩の経験を聞いてもらいました。
話を聞き終わるとご住職が、またですかとおっしゃられびっくりしました。

何でも、私と同じ経験をした何人かの母親が社宅からこちらのお寺に相談に来られていたらしいのです。

この幽霊は子供が居る家に招待状を持って現れお墓に招こうとするらしく、 このお寺にそのお墓があるらしいのです。

何でもこの幽霊は生前体が弱く、これでは子育て出きないだろうと親族が心配し勝手に幽霊の子供を何処かに養子に出したらしいのです。

幽霊からすれば無理やり子供を引き離された形になります。
子供の父親は子供の顔を見て暫くして亡くなられたらしく 幽霊の身内が誰も居なかった事もあって、親族が気を遣って養子に出したらしいのです。
幽霊も可愛そうな境遇だったようです。

私とマナの前に幽霊が現れたのも悪気があって現れた訳ではなかったようなのです。
私がマナの夜泣きの為眠れず、イライラしてマナを叱った事をたぶん幽霊は見ていて、ただ叱られるマナを不憫に思い 私達の前に現れ招待しようとしたらしいのです。

本気でマナを私から引き離す気は無いから安心してよい、と住職から言われ少し私は安心しました。
ご住職からどうやって幽霊を帰らせたのかを聞かれましたが、何も思い当たる事はしていませんと答えました。

たぶん私のマナを思う愛が幽霊を帰らせたのだろう、そしてもう幽霊は私達親子の前に現れないだろうから安心して良いと  ご住職はおっしゃって下さいました。

この話を聞いて私はこの幽霊が可愛そうに思えてきました。そこでご住職にお願いして幽霊のお墓参りをさせてもらうことにしました。

お墓にお参りさせてもらい、幽霊さんが私の心を試す招待状を届けてくれた事しっかり受けとめさせてもらいます。 これからは親子しっかり生きていきます。
幽霊さんは成仏してください。と手を合わせました。

幽霊さんに私の気持ちが届いたかどうかは解りませんが、幽霊さんに会えたのはあの1回きりでした。

これが私の体験した不思議な話です。怖い思いもしましたが、私にとっては大切な事を教えてもらえた貴重な体験だったと思います。


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Lパチンコ屋の幽霊


 私はパチンコが好きで週に3,4回パチンコを打ちに決まったお店に通っています。 気に入った台があって、一度この台で良い思いをしたので勝っても負けてもこの機種を打っていました。 最近になってこの機種があまり出なくなった事に気付いていたのですが (店が台の設定を下げ締めている)、気に入っている為この機種を必ず打つようにしています。 最近この影響でこの機種は空きが多く好きな台を選ぶ事ができます。 何時ものように台を選び出そうな所に座っていました。

私以外には他に2人が座っているだけでした。そのうちの1人のある女性に気付きました。 以前から見かけていた女性でした。上手い具合に当りが続かず1箱出ただけで、その出た玉も台に 飲まれてしまい結局1箱も取れずに席を離れてしまいました。 その日私は3箱出たので帰りました。

数日後同じお店の同じ台に行きました。そこにはあの女性がいました。 この前と同じ服装で居ました。

お気に入りの服なのかなと思ったのですが、気にせず私も打ち始めました。 でもあの女性が何となく気になりチラ見していたんです。 私が気がつかないうちにあの女性は4箱も積んでいたんです。

いったい何時の間に出したのか?私が来た時には積んでなかったし、私が打っている時には大当たりしていないし 、不思議に思っていました。(私が打ち始めてから5分くらいしか時間は経っていなかったんです) 不思議な女性、おばさんだな〜と思いながら打っていると私の台にも大当たりが来て、順調に1箱、2箱と箱を積んでいきました。 あの女性の方を見ると積んでいた4箱は無くなっていて1箱しか残っていませんでした。

その時にあの女性と目が合いました。するとあの女性は残っている1箱を持って私の横の台に座りました。 私は続いて大当たりを引き当て、台に集中して打っていました。 ふっと横を見たらあの女性はいなくなっていました。出なくて他の台に変わったんだと思っていました。

私の台は7箱出して出なくなりました。お店の人を呼んで清算してもらいました。 あの女性が打っていた台が気になり、台のカウンターを見に行きました。 すると大当たりカウントは何故か0になっていました。

確か4箱積んで、1箱手元にあって、その手元の1箱を持って私の横に来たのに・・・ 大当たりゼロ? カウンターが壊れているのかなと思いました。 そして、私が打っていた台を見ると、あの女性が座っていて大当たりしているんです。

えっ!何時の間に?そう思いながら景品を交換しに行きました。 気になって私が出した台に戻ってみるとあの女性が2箱積んでいました。 私が7箱出してあの女性が3回出しているからカウンターは10になっている筈です。

女性に気付かれないようにそ〜っとカウンターを見に行くと、 カウンターは7のままでした。

えっ、7? このおばさん2箱積んで、今も出てるし・・・なんで7なの? そう思っているとあの女性、おばさんと目が合ってしまいました。背筋が凍りました。 体が凍り付いて動けなくなりました。

なぜなら、カウンターの上におばさんがいて私と目が合っているんです。 座っていた椅子からカウンターの上に飛び乗ったのか? カウンターは私の身長より高い所にあります。 その時私はこのおばさん人間でないと思いました。

無我夢中でその場から逃げました。 きっと幽霊だ。でも、昼間だし、姿形はしっかりあったし、台にちゃんと座って打ってたし 箱積んでたし。

あ〜っ、きっと私が幽霊よりも箱を多く積んだから、もしかして、もしかして私の事を恨んでる?どうしよう〜 取りつかれたらどうしよう。 もうあの店であの台打てないよ〜

しばらくは気持ちが動転して困りました。主人に話したんですけれど信じてもらえないし。 何週間かして、こわごわあの店に行きました。 あの台の所をそっと覗いてみました。

あの女性、おばさんがいました。打っています。箱も6箱積んでいます。しかもこの前と同じ服装です。 その日は別の機種に座り、あの機種はしばらく打たないように決めました。 500円で7箱取りました。

あの女性は絶対に幽霊だと思います。 だって、大当たりしているのに店員さんはあの女性の所に行っているのを見た事が無いし、 大当たりしているのにカウンターの大当たり数字は増えていないし。 絶対に幽霊だと思います。

あの機種に取り憑いている幽霊だと思います。 たぶんあの怖い思いをしたときは私の方が多く大当たりしたから恨まれたんだと思います。


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K白く光る玉


私が三歳の時に母と死別し、私は父と祖母に育ててもらいました。
母の顔は覚えておらず写真で見た母の顔しか記憶に無いのです。

父や祖母から母がどんな人だったか話を聞きましたが、母がどのような人だったのかいまひとつ実感が持てないでいました。 母は優しくて気立てが良く、綺麗好きで料理も掃除も洗濯も手早くこなす人だったそうです。

祖母は私の顔も性格も母に良く似ていると何時も言っていました。
父は、お母さんは整理整頓が出来る人だったがお前は誰に似たのかな・・・と、事あるごとに言います。 そんな時、私は、お父さんに似たのよ!と心の中で言っています。

こんな私も結婚することになり、結婚の準備をしている最中にこの不思議な体験をしました。 体験をする前日、母のお墓に結婚する報告とこれからも見守っていてくださいとお願いをしに行きました。 そして今度新しく住む事になった実家近くのマンションで荷物の整理をしていた時の事です。

幼い私と母が一緒に写った写真が出てきました。私が2歳、母が29歳の時の写真で2人とも楽しそうに笑っている写真でした。 この頃の母は元気だったようで、この写真から一年後に母は体調を崩し還らぬ人になってしまいました。 私が3歳の時でした。

あと2年もすれば私もこの写真の時の母と同じ29歳になる。母は私を残してこの世を去ってしまったけれど、さぞかし辛かったことだろう。 そんな事を思っていました。母とは3歳までしか一緒に居られなかったけれども、 母は一生分の愛情をその3年の間に私に注いでくれたと感じていました。

その晩は中々荷物の整理がつけられず、結局マンションに泊まる事にしました。出てきた写真を横に置いて寝ることにしました。
体を横にし眠ろうとしましたが中々寝つけないでいると、ふとベランダに出たくなりました。 ベランダに出て何気なく星空を見上げていた時でした。

私の頭の上に白く光る玉がどこからともなく現れ、私を包み込んだのです。
それは温かく気持ちの良い温かさでした。まるで母に優しく抱っこしてもらっているように感じられました。 きっとお母さんだ!直感でそう思いました。

おかあさん? おかあさんなんでしょう? あいたかった。 あいたかったよ〜。

おかあさん  ありがとう  ほんとうに ありがとう 

これからもず〜っと私の傍にいてね   見守っていてね

私を生んでくれてありがとう

そう心の中で言った途端にこの白く光る玉は夜空に上がって行き星の中に消えて行ってしまいました。 お母さんは星になって私の事を見てくれているんだ。今までも、これからも。私は何時もお母さんと一緒なんだ。 そう思える事が出来た不思議な体験でした。

この体験以来、人は死んでも生きていると思えるようになりました。
今では、母の分まで幸せに生きています。


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Jタイムスリップ


 私は高校三年生。母とアルバムの写真整理をしている時母が私の幼稚園の時の話を始めました。

「ネェ、覚えてる? ユミちゃんが幼稚園の時、音楽会の練習があってさ、車で幼稚園まで送ろうとしていた時の事。 事故に遭いそうになって、私とユミちゃんがぶつかってきたワゴン車の中を車に乗ったまま通り過ぎて、気がついたら駐車場に ワープしてたでしょう。 ネー覚えてる?」
母が私の幼稚園での音楽会の写真を見て語ってくれました。

正直、私はあんまり覚えていませんでしたが、 「ウーン、少し覚えているかな〜」 と返事を返しました。

その後、何事も無く過ごしていましたがワープの話が頭から離れず、母が言っていた事を思い出そうと努力してみたのです が何も思い出せないでいました。

寝苦しい夜が2、3日続き、ウトウトしかけては目が覚め、その夜はあまり眠れずに夜が明けてしまいました。 学校から帰ってから急に眠気に襲われ、私はベットで眠ってしまいました。

気がつくと母と車の中に居ました。
「ユミちゃん、眠くない?ダイジョウブ?」母が喋り掛けて来ました。

「う〜ん、眠いけど大丈夫」

あれ?此処はどこ? えっ!私のからだ小さくなってるし、幼稚園の制服着てる!

これは夢なんだ。私は昨日の晩は殆ど寝てなかったし、母に言われたワープの話を気にしていたからこんな夢の中にいるんだ。

「キャ〜〜、車がぶつかってくる!!!」母の悲鳴が耳に突き刺してきました。

信号待ちで停まっている私達の車にワゴン車が前から突っ込んで来たのです。とっさに私は目を閉じ体に力が入るのを感じました。

「ユミちゃん大丈夫?何処もケガはない?」
つぶっていた目を開くと、私達は車に乗ったまま信号の斜め前にあった駐車場にいました。

ぶつかった筈のワゴン車は、私達が信号待ちしていた所に停まっていて、運転手さん達が私達の方に走り寄ってきていました。

「大丈夫ですか? ハンドル切り損ねて、おたくの車にわしの車が突っ込んでいって・・・・ 当たったはずなんだけど・・・・ 奥さんの顔もおじょうちゃんの顔もはっきり目の前で見えたんだけど・・・」

「車が停まって、恐々目を開けたらあんた達居ないし・・・ ふっと後ろ見たらこんな所に止まってるし.. でも良かった。 何とも無くて。無事で本当に良かった」

私と母、そして車も何とも無く無事に幼稚園に行く事が出来ました。幼稚園に着いたとたん、目の前が真っ暗になって体が震え出し ドンというショックを受け、急に目の前が明るくなって目を開けると自分の部屋の天井が見えました。私はベットの上にいて壁掛け時計が チクチクと音を出して時を刻んでいるのがわかりました。

今のは? 夢だったんだと思いました。でも、まるで映画でも見ているようにリアルで本当に体験したみたいでした。 その晩母に幼稚園の時のワープの話を私が見た夢の通りに話しました。内容は全く夢の通りで間違えないようでした。

私はきっとこれはタイムスリップして、当時の事を見て来たんだと思います。


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I予知夢


 ある年の暮れ、正月は私の田舎で過ごそうと言うことになり主人と幼い娘の三人で瀬戸内海に ある小さな島に里帰りする事になりました。

海と山、田と畑、お年寄りだけが存在する長閑なその場所には祖母が1人で暮していました。

私達が到着した時には、すでに私の両親、親戚達が集まっており賑やかなお正月を迎えられそうでした。

私は祖母へのお土産に手袋とスカーフを用意していました。娘が生まれてた時に頂いたお祝いのお返しも兼ねての品でした。

祖母は初めて会うひ孫を抱き、持参したお土産を見て嬉しそうにしてくれていました。

「ありがとうな〜 帰って来るのにいちいち私に気い遣ってお土産やら持ってこんでええんやでェ。手ぶらで帰っておいでえよ」

と言ってくれました。

しかし、その時私はある事に気が付きました。

あれっ、以前にもおばあちゃんに手袋とスカーフを渡したわ! 同じもの二つもあげてどうしよう!

慌てて祖母に謝りました。

「おばあちゃん、ごめん、ごめん。私また手袋とスカーフあげてしまったね〜  前にも同じものあげたのにね〜」

きょとんとした顔で祖母は、

「はあ?あんたから手袋やスカーフもらったのは初めてやでェ〜」

と答えが返ってきました。

そう祖母に言われ私自身も、あれっ?そりゃそうだ!初めて渡したのに何故以前に渡した感覚があるのだろう? と気付きました。

私が土産に持ってくるものといえば、何時も菓子折りや果物、祖母が好物にしている食べ物で、身につける物など持ってきたことが 無かったのです。

それなのに手袋とスカーフを渡したと思ったのは何故なのか。自分の中に謎となってしまいました。

それから2〜3年後

田舎で行われる法要に向け、主人の運転で私達親子3人が車で岡山県にある有料道路を走っておりました。

運転に疲れた主人が休憩を取ろうとパーキングエリアに入りました。この有料道路は風光明媚で、パーキング には展望台や特産物を扱う朝市の様なお店や小さな遊園地が有り少しばかりの観光スポットになっていました。

私は幼稚園に入園した娘を連れて遊園地の方へ足を進めて行きました。

少しばかりの遊具にスライダーなどがありコジンマリとした公園の様でした。

春休み中の土曜日としては人はまばらで、家族連れが4〜5組程しかいませんでした。

早速遊具で遊びだした娘を横目で見ながらベンチに座り景色を眺めていました。すると、1人の女性に目が留まりました。

娘と同じ年頃の女の子と2才位の男の子2人を連れており、テレビドラマなどで見た事のある女優さんでした。

私は驚きながらよくよくその女性と子供達を見ていました。女の子はその女性によく似ていて、とても活発で元気よく遊んでいました。

男の子はその女性に手を繋がれながら楽しそうに遊んでいました。

男の子をよく見ると雰囲気といい顔立ちといい有名な歌手のお父さんにそっくりでした。

このような場所で有名人の家族を見掛ける事に驚きながら、騒がれないように沢山の人目につかないように小さな公園に 遊びに来ているのだろうなあ 大変だろうなあ などと思いながらその母子が楽しげに遊んでいる姿に私の目は釘づけでした。

田舎に到着し、法要の準備にさっそく借り出された私は、岡山に住んでいる叔母とお膳の用意をしながら来る途中で見かけた 女優の話をしました。

「途中のパーキングで休憩していたら女優の〇〇さんが子供2人と遊びに来てたの」

と話しながら、あれっ?この会話、叔母と以前にしたことがあると気付きました。

叔母は「その女優さんは岡山出身の人なんよ。実家に遊びに帰ってきてるんやろうか」

私は次に叔母が言う言葉を思い出しながら

「その女優さん身長は私より低かったわ。テレビで見ていると長身でスラッとしている様な感じやと思ってたわ」

と私が言うと、叔母の口からは私が思い出したとおりの言葉が返ってきました。

その後もこの話題を進めながら私が女優さんを見かけたのは初めての事で今の今まで誰ともこの様な会話をした事がありません。

なのにリアルに同じ事を繰り返しているように感じるのです。これはいったい何なの?何時何処で叔母とこの会話をしたのだろう。

そうだ、夢、夢の中での会話だ。数年前の祖母への手袋とスカーフもそう! プレゼントしたのは夢の中でだ。

同じ事をしていたのではなく、夢で見た事と同じ事が起こったのだ。

偶然なのか奇跡なのか、全く同じ事をしている感覚はやたらとリアルに感じる。

夢なのに夢でない現実。こんな事あるのだろうか。

日常生活の中の他愛の無いひとコマを夢で見ていたのかな。

祖母にも叔母にも私は幼い頃から可愛がってもらっていた。

夢の中であれ現実であれ祖母とのやりとり、叔母とのおしゃべり、楽しい時を二度繰り返したのです。

夢と現実の中で。


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HUFOとの遭遇?


 私が小学2年生の時です。神戸に震災が来る半年くらい前のことです。
私とお母さん、兄、伯母の四人で夜のドライブに行った時の事です。
夜景が綺麗でウトウトしかけた時です。

「私は地球に残るわ。まだ貴方達の処へは行かないわ」

突然お母さんが話し出しました。

私のお母さんは昔から不思議な人で、色々な体験をしてきましたし、近所の人に頼まれてよくいろんな人の相談に出かけてもいました。
私は何が起きたのか訳がわかりませんでした。

さっきまで夜景が綺麗に見えていたのに、何故か綺麗な夜景ではなく建物が壊れ、倒れていて煙も方々で上がっている 景色に変わっていました。

この景色は何なんだろう。そう思いながらぼんやり景色を眺めていました。
そうしていると突然周りが急に明るくなりました。

そして大きなお皿の形をした物が私達の目の前に現れました。
お母さんがまた何か話し出しました。何を喋っているのかは解りませんでしたが 兄がお母さんの喋っている事を説明してくれました。その内容は、

「今から半年後大きな地震が来る。お前達を助けたいので〇〇へ来い。お前達が見た景色は半年後のこの場所で起こる 姿だ。〇〇日の〇〇時まで待っている」でした。

その後直ぐに元の景色に戻り、伯母さんが今見た事を私と兄とお母さんに確認していました。
伯母さんは確認が終わると、近くにいたアベックに走って行き、

「早く逃げた方がいいですよ。地震が来ますから」

と言っていました。
そして車に乗り、

「私は地球から出ないからね。今から家に帰るわよ」

そう言って車を走らせました。

家に着いて私は直ぐに布団に入らされましたが、伯母さんとお母さんはテーブルで何か話をしていたようです。
翌朝目が覚め、お母さんも兄も何時ものように家に居たので安心しました。

結局、伯母さんと母はあの時に言われた場所には行きませんでした。
そして半年後、大地震が起こりました。

私の住んでいた所は幸いけが人も出ず、無事でしたが水道と電気が止まりしばらく伯母さんの家にお世話になって居ました。
私の家族は無事でしたが、沢山の人が亡くなり怪我をし、住む家を失い、友達や家族を失い悲しい寂しい思いをなさった 人達が沢山出ました。

もし、私達があの時にUFO?に乗っていたら地震は来なかったのか、乗っていても地震は来たのか。
UFOはお母さんに何を知らせたかったのか。知らせた人達は他にも居て、UFO?に乗ったのだろうか。

こんな話を時々兄と話をします。兄と私はあの時見たのは夢ではなく現実でUFOだったと思っています。
今では私も成人し、地球のためにエコを真剣に考えエコを出来るだけ実践して行きたいと思っています。
そして、自然を大切にしないといけないと思っています。これからの子供達が怖い震災に遭って欲しくないと心から思っています。

お母さんにあの時のUFOの話をしてもはっきりと話をしてくれません。UFOとの約束が何かあるように私と兄は思っています。
伯母さんは今でもよく私達と遊びに行きますが、今も昔も変わらず、UFOに遭遇した事も特別な事のようには 考えていないみたいです。テレビでも見たようにあの時の遭遇の話を面白く私達に話してくれます。


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G天国からのメール


 私が彼と付き合って三年の月日が過ぎようとしていました。 最近彼からのメール・電話が来なくなり、私からメールや電話をしていたのですが全く連絡がつかない状態になっていました。

長すぎた春も終わってしまうのか・・・ このまま自然消滅でも仕方が無い・・・ そんな気持ちで日々を送っていました。

彼の声を聞けなくなってから三ヶ月が過ぎた日の事です。

その日はやけに仕事が忙しくなり、携帯チェックをする暇もありませんでした。 ようやく仕事を終え、家に帰宅しシャワーを浴び一息入れている時に携帯の事を思い出しチェックしてみたのです。 携帯には彼からのメールが届いていました。

うれしさと二人の仲はまだ終わってなかった喜びでメールを読みました。

「今すぐ逢いたい。いつも君の事だけ考えている。愛している。今度の土日、空いてる?逢える?返事待つ。愛してる」

と書かれていました。

嬉しくて嬉しくて、心弾ませながら返事を送りました。

「OKです。土日空けておきます。迎えに来てネ。何時ごろになる?」

直ぐに彼からメールが届きました。

「土曜日の夕方6時にマンションの前で待っているね。泊まりの用意宜しく。ジャ〜」

私は今すぐに彼の声が聞きたくなり電話を掛けたのですが、何度掛けても彼は電話に出てくれず彼と話をする事はできませんでした。 きっと忙しいんだわ。でも、彼に逢いたい。とっても逢いたい。

迷惑だろうと思いながらも私は彼のマンションに向かっていました。 彼の部屋を訪ねたのですが留守のようでした。

ちょうど管理人さんが居たので彼のことを尋ねてみたのですが、三日前にマンションを引き払って出て行ったと言われたのです。

「変だな〜  まあいいか。土曜日に逢えるし」この時は自分にこのように言い聞かせ心配を打ち消し土曜日を楽しく待つようにしました。 土曜日の前日は初めてのデートの時のような気分で明日着る服をあれこれ選んでみたり、お弁当に何を入れようか悩んでみたり 本当に楽しい時間を過ごしました。

「泊まりのデートなんて何ヶ月ぶりだろう、明日は朝お弁当の買い物に行って、お昼から張り切って お弁当を作って、彼と一緒に二人きりで手作り晩御飯を食べよう」

当日は予定より早く準備が整い約束の時間まで3時間くらい空いてしまいました。

約束の時間までソファーでくつろいでいたのですが、いつの間にか寝てしまっていました。気がついて時計を見ると 5時45分。慌てて用意をし手作り弁当とお泊りセットを持ってマンションの前に行きました。 彼は車の中で待っていました。

「そんなに慌てなくても大丈夫だよ。僕は君の側に居るよ」

彼が優しく微笑みながら声を掛けてくれました。

私は顔が赤面してしまい彼の大きな優しさに包まれ、彼がマンションを引き払った理由を聞こうと思っていた事をすっかり 忘れてしまっていました。本当にこの時は幸せを感じていました。心が嬉しさで飛び出しそうな思いでした。

彼の車は彼の伯母の別荘に向かい、今晩はそこで泊まるとの事でした。

立派な別荘で周りには木々が生い茂り静かな所です。彼は手作り弁当を美味しい美味しいと言いながら食べてくれ、 二人で幸せな時を共有でき人生の中で最高に幸せを感じた一晩でした。

翌日、鳥の鳴き声で目が覚めました。横に彼は居らずメモが残されていました。

「おはよう、愛しの君。ごめんね、急に仕事が入ったので出てきます。6時頃に帰るからそれまで1人で時間を潰していてくれないかな。 せっかくのデートなのにごめんね。此処を出て一本道を真っ直ぐに10分程行くとログハウス調のレストランがあるから そこで食事を摂るといいよ。後で逢える事を楽しみにしている」

置いてけぼりだ。せっかくのデートなのに・・仕事仕事なんだから・・ でも、仕方が無いか・・ そう思いメモにあったレストランへ向かう事にしました。気持ちの良い天気で自然を満喫しながらレストランへ行く事が出来ました。

優しそうなマスターで色々な話をしてもらいました。かなりの時間をレストランで過ごし、別荘に戻りました。

彼は約束の時間より早く迎えに戻って来てくれました。二人で別荘を後にし帰途に着きました。

「本当にごめんね。仕事どうしても断れなくて。寂しくなかったかい。」

「寂しかったよ。でも、教えてくれたレストランのマスターがいっぱい色んな話をしてくれたし、自然が気持ちよくて退屈しなかったよ」

「あ〜良かった。じゃあ君の家までゴ〜」

珍しく彼は車の中ではしゃいでいました。彼との時間はあっという間に終わり気がつくと私のマンションの前に車はありました。

「ね〜、今度は何時逢えるの?」

「じきに合えるよ。またメールするからネ おやすみ」

優しく答えてくれました。彼と別れ自宅に入って彼との幸せな時間を思い出していました。

   続く


G天国からのメール 続き


 今度は何時彼から連絡が来るのか楽しみに待っていました。しかし、何日経っても彼から連絡は無ありませんでした。
あのデートはお別れのデートだったのかなあ・・ 
仕事が大変で連絡する時間も作れないほど疲れきっているのかな・・
色々な思いが込み上げ、不安で不安で心が悲鳴を上げていました。

彼との楽しかったデートから数週間経ったある日の夕方でした。一本の電話が意外な人からかかって来ました。
彼が住んでいた、以前私が彼のマンションを訪ねた時三日前に彼がマンションを引き払っていた事を教えてくれた 管理人さんでした。
マンションのオーナーに頼んで彼の引越し先を調べてくれたらしく、引越し先を私にわざわざ教えてくれたのです。

私は彼に会いたい一心で、胸が張り裂ける思いで、教えてもらった住所を訪ねる事にしました。
もしかして、私以外の女性とお付き合いしていたら・・いいえ、結婚していて子供がいたら・・
もしそうでなくても、勝手に彼の家に押しかけて行って彼に怒られたらどうしよう、嫌われたらどうしよう。
気持ちの整理もつかないまま彼が暮しているであろう住所を訪ねました。

訪ねた先は、古い一軒家でした。
震える指でブザーを押します。
「ブー、ブー」
暫くすると年配の女性が現れました。

「どちら様ですか」

「あっ、は、はい。私、孝一さんの事でお伺いしたい事がありまして」

「あなた、もしかして、サチさん? 捜していたのよ」

年配の女性は彼のお母さんでした。彼は私の事を度々お母さんに話をしていたらしく、

「きっとサチのこと、母さんは気に入ってくれるよ。今度連れてきて紹介するから楽しみにしていて」

「サチはこんな女性で、今時珍しいくらい良くできた娘なんだ。一生一緒にいたいと思ってるんだ」

いろいろな私のことをお母さんに話していたようです。

「サチさん、これをお返ししておきますね・・」

お母さんが渡してくれたのは、別荘にデートに行った時に作ったお弁当の入れ物でした。
彼の車に忘れていたバスケットでした。

「あなたのバスケットでしょう? 孝一は4ヶ月前に事故で亡くなってしまったの・・・・・」

「サチさんにプロポーズするつもりだったのでしょうね」

「仕事を終え、指輪を受け取り、花束を買い、店を出て、駐車している車に戻るために横断歩道を渡っている時に 暴走してきたトラックにはねられて・・・」

「即死でした・・・ ウッウッウッ・・・・」

お母さんは泣き崩れ、私は目の前が真っ白になり意識が遠ざかって行きました。 どの位意識を失っていたのでしょうか。

「サチさん、サチさん、大丈夫ですか」
お母さんの声で気が付きました。

「大丈夫?サチさんが来てくれるのを指折り数えて待っていたんですよ。サチさんを捜そうと私も頑張ってはみたのですが 捜せなくて、ごめんなさいね」

「サチさん、本当によく来てくれました。本当に嬉しい。嬉しいです」

「きっと、孝一がサチさんに会わせてくれる約束を果たしてくれたんでしょうね」

「サチさん、孝一に会ってあげてください。顔を見せてあげてください」

そうお母さんに言われ、仏間に通されました。

大きな仏壇に綺麗な花が供えられ、孝一さんの写真が飾られていました。
お仏壇の前に座り、手を合わせ孝一さんの遺影を見つめます。
目から涙が溢れ、はっきりと孝一さんの遺影が見えません。涙を拭いても拭いても出てきます。
私は、その場に泣き伏せてしまいました。私が落ち着くまでお母さんは静かに待っていてくれたようです。
温かい紅茶を出してくれ、ぽつぽつと話し出してくれました。
私が車に忘れたバスケットの事を不思議がっていました。

「事故の後、車を家に持ってきてくれた時にはバスケットは無かったんだけれどもね」

「一ヶ月ほど前に孝一の車を処分する為に車屋さんに引き取りに来てもらった時に助手席に置いてあったんですよ」

「バスケットを見てとっさに、これはサチさんのバスケットだ。きっと間違いないわ。そう思ったの」

お母さんは不思議そうに私に話してくれました。

私はバスケットを持ち、混乱とやり場の無い悲しみと共に家に帰りました。
1人椅子に座り思い返していました。彼からもらったメール・・・。彼と過ごした別荘でのデート・・・。 4ヶ月前に彼が亡くなっていたこと・・・。

別荘でのデートは彼が亡くなってからちょうど100日目でした。
彼は仕事が忙しく連絡も出来なかったけれども、死ぬまで私の事を、死んでも私の事を思ってメールをくれた。 デートしてくれた。お母さんと会わせてくれた。

[ありがとう。ありがとう。沢山の楽しい思いで。私は一生忘れません。あなたの事を。 貴方の分まで私は生きます。貴方のお母様とも仲良くします。安らかに眠ってください。愛しい貴方へ]

私は天国に居る彼にメールを送りました。返事は来ませんでしたが、彼に届いていると信じています。
また何時か何処かで会えたらなら、逢いたい、貴方に・・・・・

今も彼のお母さんとは交流があり仲良くしています。

不思議な体験をしましたが、私が会った彼は亡霊ではない、メールをくれた彼も霊ではないと信じています。

彼はきっと天国で生きています。きっと私を見てくれています。見守っていてくれていると思います。


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Fマンション


 このお話は息子が生まれる前の事でしたから今から15年程前の話になります。 主人と私、二人で気に入ったマンションを購入したのが始まりでした。 5階建てのマンションで見晴らしも良く、部屋はいつも日が射し快適な居住空間でした。 住み心地の良いマンションを買えたことを主人と喜んでいました。

マンションに住んで6ヶ月程経った頃でした。
何時ものように夕飯の支度でキッチンに立っている時でした。
”ピンポーン、ピンポーン” チャイムが鳴り急いで玄関へ。
覗き窓から外を伺うが人影はありませんでした。
マンションには子供も居ましたので、子供の悪戯か押し間違えだろうと思いました。
しばらくしてまた”ピンポーン、ピンポーン”。
「は〜い」と返事をして再び玄関へ行き扉を開けました。
しかし誰も居ませんでした。通路も見て見ましたが誰も居ません。

きっと子供の悪戯だ。仕方が無いわね、と思いキッチンへ戻ろうとした時です。
目の前に女性が立っているのです。

一瞬、私の心臓は大きく波打ち、体が硬直しました。血の気が引いたと言うのでしょうか。 恐怖?驚き?どう表現してよいのかはわかりませんでしたが、今同じような経験をしたら恐らく私は心臓発作で死んでいると思います。
当時はまだ若かったので心臓が丈夫だったのでしょう。

「あの〜 すみません、此処にお地蔵さん祀っていなかったですか?」

見ず知らずの不法侵入?の私を驚かし目の前に立っている女性が問いかけたのです。 「お地蔵さんは祀っていません。お帰り下さい」私は咄嗟に反射的に答えていました。
ペコリとその女性は頭を下げると姿をけしました。煙のごとく・・
その場に私は座り込んでしまい、今起こったことを振り返っていました。

これは夢?きっとそうだ。夢。こういうことが起こると現実と夢の違いがわからなくなるもの。そんな事を考えていたと思います。 とりあえず水を飲んで落ち着こう。その時

「ドスン、ドスン、ドスン」

玄関から大きな音が聞こえてきました。
な、何!
恐る恐る玄関の方に這って行くと、 私は気が狂ったと思いました。夢でなければ気ちがいになったと思いました。
自分の目が信じられませんでした。目の前に、玄関にお地蔵様(街にはお地蔵さんがあちらこちらに祀られていましたし、 よくお参りしていましたので姿はわかっていたつもりでした。私の見たのが本当にお地蔵様だったかどうかの判断は付きませんが、 私の見た姿はお地蔵様でした) が立っているのです。

私は訳がわからず、お地蔵様に向かって 「ここは私の家です」と言ってしまいました。
するとお地蔵様がお話になったのです。

「私は元々この土地、この場所に居たのです。此処に祀られていたのです。
昔此処は池で、池の畔におったのじゃ」

「はい・・」
「あ、あの、先程女の人がお地蔵様が居るか、祀られているかと言ってきたのですが・・」

私は自分で何故こんな話を私の口が勝手に喋っているのか不思議に思いました。

「きっとあの女子だろう。私の所によく詣りに来ていた者だろう」
「よーく覚えている」
「私を捜していたとは。その女子がまた貴方の処に尋ねて来たのならば伝えてください」
「私は、この建物の下に居ると」
「宜しくお願いします。な」

お地蔵様がこのようにおっしゃると、す〜っと目の前から消えてしまいました。
その後数年間、主人の転勤が決まるまで女性が尋ねてくるのを待ちましたが現れませんでした。 今でもこのマンションは建っていますが、お地蔵様と女の人がどうなったのかは私にはわかりません。 あれから15年程経ちますが、夢でも現実でもあの時のような経験はしていません。あの時だけでした。
現実だったのかどうか未だに謎です。


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  E狐の嫁入り


 私が友人と旅行に行った時の事です。
但馬の奥篠山と言う所に民宿がありその晩宿泊する予約を入れていました。私達3人は、車でその民宿を捜しながら移動していました。
立派な歴史を感じさせる農家にさしかかった時、大きな大きな杉の木が目の前に現れ、その根元に地蔵さんとあまり見かけない石仏がありました。
辺りが薄暗くなって来まして日が暮れかけていました。暫くすると辺りは暗闇へと姿を変えて行きました。
頼りないナビに従い3人は暗闇の中を民宿に向け車を進ませていました。

友人の1人が「ネェ、同じ道をグルグル廻ってない?」 「あの大きな杉の木、夕暮れの時見なかった」
「あ〜ホントだ、さっきの木だ。私達同じ所グルグル廻ってる」
「狐か狸にバカされてるんだわ。何時になったら民宿に着くの?携帯も圏外で繋がらないし・・・」
「ナビの道案内もおかしくない?」
「農家の人の姿も1人も見てないし・・・」
「どうするの?」  「私怖いわ・・・」

友人の愚痴が言い終わるか終わらないうちに周りは霧が立ち込め、私達は霧の中で立ち往生する羽目になってしまいました。
1人が「寒い、寒いからヒーターつけてくれない」と言い出し体を震わせていました。
私ともう1人の友人は寒さは感じていませんでしたが、あんまりにも1人が寒そうに体を震わせているものですから車の暖房を つけました。

「外の温度18度あるけれど、本当に寒いの?」 
「ウン、本当に寒いの」 
「風邪でもひいたのかしら」
「風邪じゃあないと思うんだけれど、寒くて寒くて・・・」
「民宿に着いたらゆっくりお風呂で温まって早めに寝ないとね」
「この霧が晴れるまで少し此処で休憩しよう」
「同じ所をぐるぐる廻っても仕方が無いし」
「ホントこのナビ頼りにならないわ」

女3人でしたので会話が途切れる事はありませんでした。
そんな時「チリーン・・・チリーン・・・・」と鈴の音が聞こえてきました。
音の方に目をやると、霧の中に薄明かりが見えました。
「あれ〜、何かしら」
3人は必死に目を凝らし、薄明かりの正体を見極めようとしました。

「あ、あれ提灯?」 
「提灯の明かりじゃあないかしら」 
「人力車?今時人力車走っているなんて・・・かなり田舎なんだ」
薄明かりが近づいてくるに従いその姿が少しづつはっきりとしてきました。
「人力車に花嫁さん?乗ってない?」 
「馬もいるみたいよ」 
「いや〜、夢か幻か」 
「狐の嫁入り?!」
「皆見えてる?」 
3人は顔を見合わせ頷きました。
3人は呆然と霧の中の”狐の嫁入り?”に見入っていました。

暫く見入っていると友人の1人が何やら呟きだしました。
「南無クワバラ、南無クワバラ・・・・」呪文のようです。
「魔よ去れ------- 、ぶつぶつ」
「狐退散!」と険しい大きな声で怒鳴ったのです。
友人のこのブツブツ言っていた事が効いたのか、次第に辺りの霧が薄くなってきました。 鈴の音も聞こえなくなり、すっかり霧が晴れ空には星が輝いていました。

「今のは何だったの。幻覚、夢?錯覚? 皆も見たよね」
「見た見た、さっき言ってたのは呪文?」
「あ〜あれ、狐や狸に化かされた時に唱えたらいいって昔祖父に聞いたことがあってね、 たまたま思い出して言ってみたの」
「その呪文で私達救われたみたいね」
「おじいちゃんに感謝感謝!」
呪文?を唱えた友人は少し嬉しそうに笑っていました。

視界も良くなり、夜道をナビ通りに進んで行くとやっと目的の民宿に辿り着く事ができました。
民宿の女将さんと挨拶を交わし部屋に案内され一息入れていました。
「あっ、まだ7時じゃない」
「えっ、本当だ。もう8時か9時だと思っていたわ」
「同じ道をグルグル廻って狐?に化かされてたから、かなり時間が掛かっていたと思っていたのに・・・」
「不思議ね。大きな木の所に着いたのが6時位だったから、此処に着く予定時刻は7時半だったのに」
「私達近道してきたのかしら?」

後程、民宿の女将に大きな杉の木からこの民宿までの車での所要時間を聞いてみましたが、 いくら急いで車を走らせても一時間半は掛かるとの事でした。 二時間以上掛かったお客さんが殆どとのことでした。
未だにこの時の不思議な体験は3人が集まった時の話題になっています。


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D金縛り?


 それは我が息子の身の上に起こった出来事です。

五才の頃の彼は少し臆病で素直で可愛い少年でした。(今では・・・・)
ある日の事、毎日幼稚園で友達と仲良く遊ぶ事が大好きな彼がその日に限って仲良しの友達と遊ぼうともせず 一人でポツンとしていました。幼稚園が終わっても向かいの公園でとことん遊んでからでしか帰らない彼が ブランコやすべり台に見向きもせず家路についたのです。

 家に帰ってからも元気が無く、おやつも夕飯も少ししか食べませんでした。心配になり彼の様子を診ると少し熱がありました。 風邪をひいたのかな? 今夜は病院に行けないし、明日の朝病院に連れて行こう。今夜はもう休ませましょう・・・ そう思い、彼を布団に寝かせいつもより早めに寝かしつけたのです。

その晩は何度と無く、彼の様子を見に行っていました。熱は高くなり40度近くまで上がって行きました。 座薬をしたり氷枕をしたりでようやく熱も下がり、彼はやっと熟睡できたようでした。その後暫くしてから いきなり 「うっ」 と唸り声上げたのです。心配ですぐに彼を見に行くと・・・

彼はギロリと目を見開き、体をピーンと硬く強張らせた状態で布団に横たわり天井の一点を見つめて固まったように 動かなくなりました。部屋の空気はこれまでとは明らかに違い、重く淀んだ空気のようで嫌な感じが立ち込めていました。 大きな声で彼の名前を呼び、体を起こそうと抱き上げたのですが、硬く固まった体はまるで鋼鉄でも入っているかのごとく ピイィーンンと張り詰めて抱き上げる事すら出来ません。

天井の一点を見続けている彼の顔を見ると、まるで恐ろしいモノでも見ている様子の顔つきで凍りついているようでした。 このままではこの子が連れて行かれてしまう! とっさにそう思い、彼を息子を守らなければ! 私は彼が見詰め続けている天井の一点を睨み、大きな声で怒鳴りつけました。

「ダメ!この子は連れて行かせない!!」そう言って彼を強く抱きしめました。すると彼の強張っていた体が開放されたように 一瞬で解け、大きく見開いていた瞳も和らぎ呼吸も穏やかになりました。 「お母さん」と呟き、彼は私に抱きついてきました。 「大丈夫?どこも痛くない?」そう問いかけると彼は静かに頷きました。 その時には部屋の嫌な空気は無くなっていました。

翌朝には彼はすっかり体調も良くなったようで、元気な何時もの彼に戻っていました。昨夜の事を彼は覚えているのだろうか? 恐る恐る尋ねてみました。すると彼は「体がカチカチになって苦しかった」、天井を見詰めていたことについては「わからない、 でも何かいたよ」と言いました。

天井、或いはその空間にいったい何が居たというのでしょう。私の目には何も見えなかったけれども、瞬きもせず大きく見開いていた彼の 目には何が映っていたのでしょうか。
彼の体が硬く固まっていたのは金縛りと言うものだったのでしょうか。部屋の空気が違っていたのは何故なのでしょうか。 何故、私は彼が連れて行かれてしまうと思ったのでしょうか。
体が元に戻り、何時ものように元気でケロリとしている彼を見て一安心しましたが、いったい何だったんだろうと未だに不思議に思っています。


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C幽霊を背負った俺 -1-


 あれは俺がまだ小学生の時の話だ。読んでもらえるかな。

お袋と妹と伯母さんと従兄弟と俺の5人で海に花火をしに行ったんだ。花火は楽しかったよ。今でも花火をするとあの日のことを思い出し ちゃうんだ。
花火を楽しんだ帰り道、たこ焼き屋の方に向かって歩いて行った時だった。 当時俺は小学生だったもんでお袋と伯母さんの言いなりだったんだ。少し情けないけど当時は仕方なかったんだ。
俺達が向かって行ったたこ焼き屋は店ではなくて屋台で、砂浜にぽつんと一軒あるだけっだたな。「なんじゃ〜この店」と言いたかったんだがね、 言ったらお袋と伯母さんに何て言われるか解らんかったし、怖かったもんだから口に出して言えんかったんだ。

このたこ焼き屋の屋台は閉まっていて、屋台の先にはテトラポットと古ぼけた「これ乗れるのか〜」といったようなボートが見えていた。 俺の前にはお袋、伯母さん、妹、従兄弟がべちゃくちゃ喋くりながら歩いていて、4人の足が掻き揚げる砂が俺の方にかかってきていた。 靴の中には俺の許しなく砂が入り込み、俺を不愉快にしていたんだ。

靴の中の失礼な砂を掃う為に俺は古びたボートに近づいて行った。
「ボートに近づいちゃダメ〜!」お袋が俺に向かって叫んだ。「わけわかんないな」と思いながらボートに向け俺は足を進めていた。 今思えば、従順素直な俺がお袋の指示に従わなかったのはきっとボートに引っ張られていたんだと思うんだ。

ボートには一人のおっさんの姿、その手には釣竿があり釣りをしているようだった。俺はおっさんに近づいて行った。何故ならばおっさんが 手招きして俺を呼んでいたからだ。
「おじさん何釣ってるの」「何か釣れたの」
おっさん曰く 「いや〜魚、釣れんな」「おじさんが釣っているのは.........人の魂だーーーー」
「え〜〜」「なんだ?このおっさん」

そう思った瞬間、俺はお袋の所に居たんだな。でも、周りの景色が違うんだ。ボートの有った砂浜ではなくて車が何台か停まっている 地面が舗装された駐車場だったんだ。この時、俺は思ったね。俺が目覚めたんだと。スーパーサイヤ人だったんだと。一瞬にして 俺はボートの所から大分離れたこの駐車場まで移動できたんだ。明日友達の真一に自慢してやる・・・・フフフフフ。

「早く、さあみんなバカな兄ちゃん置いて車に乗って。さあ早く乗って!」お袋の氷のように冷たい声が俺の耳に入ってきた。
俺は小学生だったんだな。この時は。「僕も車に乗せてよ〜〜」

「あんたは ダ〜〜メ!」

なんと非情な母親なのか。実の息子を見捨てるとは・・・・「俺を見捨てるのか〜 バカ女ーー」と言いたかったが言えない俺・・・・・トホホホホ

ママ曰く「あんたは背中におっさん乗せてるから ダ〜メ」
ボク曰く「ママー 背中のおっさんどうにかして〜」
ママ曰く「うん、ちょっと待ってー そのおっさんが何したいのか聞いてみるから」

そうお袋が言うもんだから、俺はおっさんを負ぶったままお袋の車の外でじっとしていたんだ。
お袋が車から降りてくるなり、「おっさん家に送れやなんて・・・・ 私タクシー違うんやで」 俺のお袋は一人でボケ突っ込みしてるんだ。
いったい俺のお袋は何モンなんやろーか。

「ママー 早くおっさんどけてよ〜 早くお家に帰りたいよ〜」精一杯可愛く見せようと俺なりに努力したんだ。
そんな俺の気持ちをお袋は感じ取ってくれたのか、俺の背中に立ち、何やらぶつぶつと呟き「えい!」と叫んだんだ。
この時俺は「びくっ」としたよ。今でもはっきり覚えているよ。ホントなんだよ。
俺は正直に言うけれど、おっさんが背中に乗ってるなんて全然思ってなかったんだよ。 置いていかれるのが嫌でお袋にどけてくれと言って居たんだよ。
  続く


C幽霊を背負った俺 -2-


でもね、お袋が俺の後ろで何やらやってくれた訳だけど、その時に俺が「びくっ」とした後確かに俺の背中から肩にかけて軽くなったんだ。 これはホントだぜ。この後お袋が「早く車に乗って!」って言うもんだから、俺は「はい!」と素直に車に乗ったんだがね・・・・・・

ホント参っちゃうね、ありえね〜って感じでさ。俺が車に乗ってお袋も乗ったんだけどね、エンジンはかかってないんだぜ。でもね車が 動いたんだよ。ボートの方に向かってさ。ズルズルズルって感じで誰かにロープで車を引っ張ってもらっているみたいな感じだな。

するとね、お袋が怒っちゃってね「車の上に乗ってる、 ひ! つ! こ! い!  おっさん!!!」「払いのけてやる!!!」大声で怒鳴ったんだ。 俺はこの時も「びくっ!」ってしちゃったよ。小学生だったからね 仕方ないぜ。

お袋が怒って車から降りた訳なんだけど、車に残された俺達はガラスに顔をくっつけんばかりに外を見てたんだ。お袋は車の天井の方を 本当に怖い顔して睨んでたね。おっさんは怖くなかったのかな、と思うんだけど。俺は怖いね、あんな形相のお袋は。今でも怖いよ。

お袋がおっさんの方を睨んでいたら今度は突然車が横揺れしだしたんだよ。ユッサユッサとね。妹はこの時は泣いたね。従兄弟は顔がひきつってたよ。 伯母さんは必死で拝んでたね。両手をきつく組み合わせて額に組み合わせた両手をあてて。俺は・・・怖かったけど冷静に見てたんだ。

そして言ってやった。「おっさん、やめろ〜〜〜!! 地獄に帰れ!!!」ってね。この時お袋は外で何やら両手でバタバタしていたよ。何を していたのかなんて解らないし聞けるわけない。今でも謎だけど俺の一言が効いたのか、お袋のバタバタが効いたのかわからないが車の揺れは止まったんだ。

揺れが止まってお袋が車に入って来たんだけど、荒い息してたね。そして俺達に言ったんだ。

「おっさん地獄に送ってやったわ。誰の息子の背中に張り付き居るんやろ!  それだけならまだしも・・・・私のかわいいブーちゃん(車のこと) に乗っかりやがって  しかも揺らしやがって! あのおっさんブーちゃん海に引っ張り込もうとしてたんやから。許されへん」 「おおバカおっさんや!!」

いったい俺のお袋は何者なんだろうか?たまに思ってしまうんだな。幽霊より怖いんだもんな。
今でも買い物とかで一緒に行くと、 たま〜にあの時みたいに一瞬怖い顔してる時があるんだ。きっと気に入らない幽霊が居るんだろうな。俺には見えないから解らないけどね。

面白くなかったかもしれないけど、読んでくれてありがとうね。じゃあね。またこんな感じの話が出たら知らせるよ。バイバイ


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B地下に見えた観音様


 私は、幼い頃から普通見えないものが見えたりしていました。霊感体質とでも言うのでしょうか良くはわかりませんが何時も不思議な 体験をしてきました。
その中でも今回お話しする不思議体験は、私の中で五本の指に入る体験です。暫くの間お付き合いいただけますでしょうか。

幼い頃の私は何時も母と共に居り、ひと時も母から離れようとはしない子供でした。 外出する時は当然のように母に連れられ、母のお荷物になっていたようです。

その日も何時ものように母の買い物に自転車に乗りついて行きました。
踏み切りに差しかかろうとした時のことです。
「グラグラグラ」と地が揺れ、私が自転車ごと道の右側に倒れ込み地面に耳を着けた状態になった時でした。

「ここの地は守りきれん!」
とても大きくはっきりした男の人のような低い声でした。

「大地が揺れるぞ〜、大地が揺れる前に夢に出ようぞ〜!」
確かにこのように聞こえたのです。

声のした地面を見ると、まるでガラスの上に居るように地面の中が透けて見え、ほんの一瞬でしたが大きな大きな 観音様の姿が一瞬見えたように思えました。
当時私は幼かったものですから、当然観音様の姿など知る由もありません。この時見えたのが観音様だったのだろうと知ったのは 中学生になった時でした。

「なにやってるの!あれ程気をつけなさいって言ったのに」
母の叱り声とともに母が駆け寄ってきました。

「お母さん、ものすごい地震だったから転んじゃったの」

「何言ってるの!地震なんて無かったよ。そんな嘘言ってると閻魔様に舌抜かれちゃうよ!」

「早く起きて。線路渡るよ!」

そう言われ、今聞こえ見た事を母に話す間もなく母を追いかけて行きました。

それから何年経ったのか、眠っていると幼い時踏み切りの手前で一瞬見た大きな観音様が姿をお現しになられ 、私に不思議な光景を見せて下さったのです。
何時の時代かわかりませんが何時も暮している町の風景ではなく、あちらこちらで煙が空に向かってゆらゆらと立ち昇っており、 コンクリートやブロックの山が見え、電柱が斜めに傾き、地面には人がすっぽり入れる位の大きな穴が幾つも開いていました。 そんな光景の中に私と兄がボロボロの服を着てバケツに水を入れ運んでいる姿が見えました。

「大きな大きな揺れが来るぞ〜」
「心して係(かか)れ〜 私ではこの地は守れぬ」

”がばっ”と布団から飛び起き、言い知れぬ恐怖を覚えました。
「大変だ、誰に言えば良いのだろう」
とりあえず母に話を・・・

「母さん、地面の下に居る観音様が・・・・地震が来るって言ってるの・・・・早く家 引っ越そうよ・・・・」

「何言ってるの。おかしな夢見たんでしょ」
「引越しなんてすぐに出来る訳無いでしょう。何言ってるの」
「今の話、人に話したらダメだよ。また嫌な思いするからね。いいかい」

母は私の話を取り合ってもくれず、何時もの思い込みだと思ったようです。
「お母さん!地震来ても知らないからね!」

それから三日後、大きな地震が私の町に降り懸かり、夢で見た通りの光景が現実のものとなってしまったのです。 電気、ガス、水道は止まり沢山の人が住む家を失い、沢山の人の命が奪われました。
兄と私はバケツとポリタンクを持って水をもらいに行く日々を幾日も経験しました。 一瞬にして、生まれ育った住み慣れた町が壊れてしまったのです。

地下の観音様は私に地震の事を教えて下さったのに私は何も出来ませんでした。何故私に教えて下さったのか。何故 もっと他の力のある人に教えてあげなかったのだろうか。私は何をどうすれば良かったのであろうか。未だにこの答えは見つかっていません。 悔しい気持ち、悲しい気持ち、言い表わせない想いを私の中から消し去る日は来るのでしょうか。


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Aお地蔵様との秘密


 あれは昭和30年代の事でした。確か、私が小学校低学年の時の事だったと思います。
私の手の指に「いぼ」ができておりまして、同級生から気持ち悪がられ、虐められるようになった頃の事でございます。

当時住んでおりました家の近所にお地蔵様が祀られておりまして、私も母や近所のおばさんたちと同じようによく手を合わせていたものです。
ここのお地蔵様は少し変わっておられたようでして、北に向いて祀られておりました。普通は東の方や東南の方に向いて 祀られているらしいのです。このお地蔵様の前でおばさん達がこのような話をしているのをよく聞いたものです。

私の「いぼ」の事を、母や兄が気にしてくれ「いぼ」治しの薬を塗ってくれたり、「いぼ」にはイチジクの絞り汁よいと聞きつけ 裏山にあるイチジクの木に兄がイチジクの実を採りに行ってくれたりしたものでした。

しかし、私の「いぼ」は一向に治る気配も無く、痛みも取れず、逆に「いぼ」の数が増えるばかりでした。 そんな訳で当時の私は何時も泣いてばかりいたのです。そんな頃でございます。お地蔵様のお世話をなさっているおばさんから こんな話を聞きました。

「ここのお地蔵様はね、お願い事をよ〜く聞いてくださるんだよ」
こんな話を聞いた私は、藁にもすがる思いで一生懸命お地蔵様に毎日手を合わせる様になりました。
本当に一生懸命お願いしました。ある日、いつもの様にお願いしておりますと、お地蔵様の方から
「これこれ」
と声が聞こえて参りました。
お地蔵様の後ろに誰かが居て声を掛けているのだと思い、お地蔵様の後ろを見に行きましたが誰も居りませんでした。
誰も居なかったものでしたので、またお地蔵様にお願いしに手を合わせると
「これこれ」と再び声が聞こえて来たのです。

しかし、目を開けてお地蔵様の方を見ても誰も居りませんでした。聞こえてきた声の事は気にせず、お地蔵様に「一日でも早くいぼが治りますように、 いぼが無くなります様に」と声に出してお願いしますと、今度はお地蔵様の方からではなくお地蔵様のお体から「これこれ」という声が聞こえて参りました。 とても温かく優しい声でした。

「お願いしている間は誰にも見られないように。お願いしている事を人に言わないように」
「七日間お願いしなさい」

「近くで石を拾い、お家の塩でその石を清め毎朝私の後ろに一つずつ石を積んでゆきなさい」

「八日目に、積んだ石を川に流しに行きなさい」

お地蔵様はそうおっしゃいました。
私は翌日からお地蔵様のお言葉を疑う事も無く信じて、近くの線路から石を拾い、塩で清め毎朝誰にも見られないよう注意しながらお願い致しました。
学校に行く前に毎朝七日間続けました。八日目の朝、お地蔵様に言われた通り七日間お地蔵様の後ろに積んだ七つの石を川に流しに行こうと お地蔵様にお参りし七つの石を両手に持った時、急に手が大変痒くなってきたのです。

両手が塞がっていたので痒くても掻く事はできませんでした。急ぎ足で、でも石を落とさないように慎重に近くの川まで行き七つの石を川に流す事が出来ました。
石を流した後も手の痒みは止まらず、家に帰り手を洗い痒みを取ろうとしました。幸いにも手を洗うと少しづつ痒みが治まって参りました。

タオルで手を拭き手を見た瞬間、

「わ〜〜〜」

「いぼ」が無くなっているのです。
「とれた〜」
「とれた〜」

私は嬉しくて嬉しくて跳び上がらんばかりでした。
全力でお地蔵様の所へ走り

「お地蔵様ありがとう、ありがとう、ありがとう」

何遍もお礼を言いました。本当にうれしゅうございました。

「いぼ」が嘘のように無くなり、気持ちも晴ればれし、明るい元の自分に戻る事が出来たのです。
「いぼ」が無くなってから三日間、お地蔵様の所へお菓子を持ってお礼に参りました。
三日目、お礼にお参りした時、いつもお地蔵様のお世話をしているおばさんが声を掛けてきました。

「何かお願い事かい?」

「それともお願い事、叶えてもらったのかい?」

人に言わないという約束をお地蔵様とした私は

「う〜ん、う〜ん、何もお願いしていないよ」

そうおばさんに言葉を返し、そこから走って家に帰りました。
私と北向き地蔵様の約束でしたから。大切な約束でしたから。

その後も今になるまで、誰にもこの事は話しておりませんでした。
もう半世紀も前の話です。きっとお地蔵様も許してくださると思いこの度筆を執らせていただきました。

もし、何かお困りの事がお有りの方がこのお話を信じて頂けるのならば、北向き地蔵様にお参りされてみてはいかがでしょうか。

お地蔵様の声が聞こえるかもしれませんよ・・・・

「お地蔵様、本当にありがとう御座いました」


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@ピエロ


 この霊?魔物?悪魔?を見たのは私が5歳の時だった。私の名前はハナ。地方都市の下町で体験した話である。
当時は今のようにペットボトルや紙パックの飲料がない時代で、お酒やジュースはビン売りされており、空き瓶を酒屋さんなどに 持って行くとビン代を返してもらえる時代であった。

お手伝いの中でもこのビンを返却しに行くお手伝いが大好きであった。理由は、ビン代が私のお小遣いになったからだ。 あの日も母に言われ、空き瓶を両手に持ち喜んで酒屋へと向かった。

時は晩の8時頃、どんよりと曇っており星は見えず蒸し暑い夜だったと記憶している。
当時は今ほど道路の整備も進んでおらず、街灯もまばらで地面はアスファルトではなく土だった。

何時もなら何も考えず表通りから酒屋へ向かうのだが、この時は何故か裏道を通り近道をして早く酒屋に行きたいという 衝動に駆られたのだろう。何故そう思ったのかは未だに解らない。きっとこれから起こる、恐怖体験の主に呼ばれていたのだろう。

私が選択した近道は道幅が狭く両側は木の柵が続いており、街灯も遠くにあるだけっだった。
近道の裏道に入って暫く進んだ時、私の名を呼ぶ声が聞こえて来た。

「ハナちゃん、ハナちゃん」

2,3回低い声で呼ばれた。

ふと正面の立ち並ぶ柵にに目をやると、柵に黒い影が映りだんだんと大きくなってくるではないか。
その黒い影が大きさを増しながら私に迫ってくる!

私に近づいて来るに従って黒い影は姿を現し出した。
幼い私の目に映った黒い影の形は「巨大なピエロの顔」に姿を変化させていった。

私はこれまでに感じたことのない恐怖を覚え、迫ってくるピエロの顔をした影を見ないよう目を伏せ、その場から走り逃げ出して行った。
両手に持っていた空き瓶は裏道に忘れたままであった。ビンを置いたのか、放り投げたのか、両手から滑り落ちたのかさえ覚えていない。
それほど必死でその場から逃げ出す事で精一杯だったのだろう。

どの位走ったのかは解らないが、「ふと」立ち止まり前を見た時、私を追いかけて来た大きなピエロの顔をした影が 私の体を覆いつくそうとしていた。
頭の上からその影が・・・・・私が記憶しているのはそこまで。意識を失っていたようだ。

「ハナちゃん、大丈夫?どうしたの。こんな所で寝転んで、転んだのかい?」この声でハッと意識が戻った。

「エッ! ここはどこ」

目の前には近所のおばちゃんがしゃがみこんで私の顔を覗き込んでいた。

「あ、おばちゃん、大丈夫です。転んじゃって・・・」

そう返事をすると、両手に空き瓶が無いことに気が付いた。
しかし、瓶を拾いに戻る勇気は出ず家に走り帰ったのを今でも鮮明に覚えている。

あくる日、姉と一緒に瓶を恐る恐る拾いに行った。

瓶は裏路地の端に転がっていた。瓶を全て拾い姉と共に酒屋へ行きお金と交換してもらった。
これで無事お手伝いを終わらす事ができたのだが、私のお小遣いになる筈だった空き瓶代は、残酷な事に姉に取られてしまった・・・・・・

当時は弱肉強食の姉妹関係であったのだ。

今では、ピエロの顔をした正体不明の影よりも姉の瓶代略奪の記憶の方が強くなっている。
なんとも恐ろしい体験をしたのだが・・・・・・・  姉ちゃんめ〜!




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